あれから20年...加藤大治郎は「この先も現れない唯一無二の存在」 世界王者に最も近かった天才日本人ライダーが次世代に遺したもの (3ページ目)

  • 西村 章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • photo by Nishimura Akira

●「比較できるような存在ではない」

 そして何より、ライディングフォームの芸術的な美しさが中上少年を虜にした。

「見たことがないくらい美しいライディングで、自分の記憶にあるいろんな映像をたどってみても、左コーナーも右コーナーもあんなにきれいなフォームは他に見たことがないし、おそらくあれ以上はないんだろうな、とも思います。

 スピードもライディングフォームの美しさも含めて総合的に、この先も現れない唯一無二の存在だったんだろうし、それは今後も絶対に変わらないでしょうね」

 では、その唯一無二の存在に自分自身はどれくらい近づくことができたと思うか、と訊ねてみると、そんなことは想像したことすらない、と中上は笑いながら答えた。

「大治郎さんは遠い目標としてずっとその位置にいて、近づきたいとか超えようとかは考えたこともないです。そのギャップは、これから先もたぶんずっと変わらないでしょうね。自分と比較できるような存在ではない、ということなんですよ、大治郎さんは」

 日本人初の二輪ロードレース世界最高峰王座、という多くの日本人がずっと夢見てきた場所を、加藤大治郎はおそらく手に届きそうな距離にまで近づけておきながらそれを掴み取ることなく、20年前にこの世を去った。

 その座に、誰が、いつ就くのかは今もまだわからない。だが、それが将来のいつになるのかはともかくとしても、やがてその座に就く日本人ライダーにとって、加藤大治郎はやはり遠い存在であり続けているのだろう。

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加藤 大治郎 かとう・だいじろう 
1976年、埼玉県生まれ。2000年にロードレース世界選手権250ccクラスへフル参戦し、翌2001年にシリーズチャンピオンを獲得。2002年より最高峰のMotoGPクラスへステップアップした。2003年、第1戦日本GP(鈴鹿)決勝レース中の事故により亡くなった。享年26歳。

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