江川卓に対し「裏切り者のチームに負けるな」9回まで無安打投球も小山高の執念に屈し作新学院は甲子園出場を逃した (2ページ目)

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

 江川にとって小山は地元であり、小山高校に進学予定だったという話をスタンドの応援団は知っていた。この時の作新のメンバーに、小山出身の選手は江川を含め3人いた。試合前から「裏切り者のチームに負けるな」と、小山高の応援団はヒートアップしていた。まさに"因縁の対決"である。

 12時50分、プレーボール。江川の豪速球がうなりを上げて小山打線に襲いかかる。3回が終わって6奪三振。江川にとっては、もはや普通の滑り出しだ。

 4回裏、小山の攻撃。先頭打者がフォアボールで出塁すると、すかさず二盗に成功し、無死二塁と絶好のチャンスをつくる。だが、次の打者が送りバントを空振りし、二塁走者が飛び出しタッチアウト。一瞬にしてチャンスは潰えた。

 ベンチではバント失敗の打者を責めるというより、バットに当てさせなかった江川のスピードに呆れ返っていた。

「横から見ていても、球が浮き上がっているのはわかりました」

 だが金久保は、9回までノーヒット・ノーランに抑え込まれていても負ける気はしなかったと語る。強気の発言かと思い何度も聞き返したが、答えはひとつだった。

「向こうも点はとれないから。負ける気はしなかったですね。ただ『試合は長くなるだろうなぁ』と思っていました」

 県内の選手たちは「江川の実力は認めるけど、作新だけには負けねぇ」と、その強い信念で野球をやっていた。他県のチームは初めて見る"怪物"に衝撃を受け、呆気にとられている間に試合が終わってしまう。しかし県内のチームは「江川は攻略できないが、作新も点がとれない」といった心理が働き、最後まで粘りがあった。

 作新もチャンスがなかったわけではない。3回、5回は得点圏にランナーを進め、8回には一死二、三塁という絶好のチャンスを迎えたが、後続が倒れ無得点。のちに江川は少し感情をあらわにしながら、この試合を説明した。

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