阪神・金本知憲の天井直撃打球を1軍審判デビュー戦で誤審→ネットで批判の的に 元NPB審判が語る「正しくて当たり前」の重圧 (4ページ目)

  • 小林 悟●取材・文 text by Kobayashi Satoru

●再出発し"機械に勝った男"へ

 監督たちとの交流も支えになり、審判のキャリアを築いていった坂井さん。他に記憶に残るジャッジは?

「今から5年ほど前、オリックス対ソフトバンクの一戦です。翌日のニュースのトップ記事にもなりました」

 2018年6月22日ほっともっとフィールド神戸で行なわれたこの試合は、延長戦となった。10回表でスコアは3対3。ソフトバンクの中村晃の打球がライトポールの際へ飛んだ。打球はあと数センチ内側に入っていれば決勝打となったがファウルボール。

「僕は自信を持ってファウルと判定しました。ベンチでは工藤公康監督が、あー惜しかったなという半笑いを浮かべていたのを覚えています。ダメもとでのリクエストだったと思います」

 しかし、リクエスト検証の結果、まさかのホームラン判定に。

「球場は騒然としました。ベースをまわる中村晃選手ですら、これでいいのかなあという感じでした」

 結局、中村のこの2ランホームランが決勝点となり、後味の悪い試合になった。

「当時、カメラの性能が低く、台数も極端に少なかったので、限られた角度からの映像でしか検証できませんでした。また解像度の高い映像がないなかで、勝敗を決する可能性の高い判定ということも重なり、絶対に間違えてはいけないプレッシャーがあり、検証を行なう僕以外の4人の審判もなかなか答えを出せない状況でありました。

 そんな時、ひとりが『巻いてないか?(入ってないか)』とボソッと呟いた瞬間、ホームランではないかとの意見が引っ張られてしまう集団心理が起きました。判定した僕は意見できないルールなので、最終的にはその意見が採用されホームランとなったんです」

 試合後にはオリックスの福良淳一監督はじめ、コーチ、球団社長とともに異例のビデオ検証が行なわれ、審判団は誤審であったことを認めた。

「誰が悪いとかではなく、間違いなく現場にいた全員が現状できる最大の努力を行なって出した答えでした。しかし、リクエスト制度によって正しい答えから間違った答えに変わってしまうという、あとにも先にもない誤審であったことは事実です。

 全員が正しい判定をしようと全力を尽くしたのに......と当時はしばらく何とも言えない気持ちになりました。ただ今ではこの試合の話になると、冗談半分で唯一"機械に勝った男"だと言っています(笑)。

 試合中には激怒していた福良監督でしたが、シーズン終盤に久しぶりにオリックス戦を担当した時、『お前が一番の被害者やったなあ』と軽く微笑んで話しかけてくださいました。

 判定を巡って、審判対選手、監督のシーンがよく取り上げられますが、みんな野球が好きでともに試合をつくり上げていく仲間。だからこそ、デビュー戦のミスで辞表を出そうとしたあの日から周囲のみなさんに励まされて立ち直ることができたんだと思います」

写真/本人提供写真/本人提供
後編<プロ野球選手でも答えられないルール!? スリーバントの誤解、人気漫画の名シーンなど元プロ審判・坂井遼太郎が解説>を読む


【プロフィール】
坂井遼太郎 さかい・りょうたろう 
1985年、大阪府生まれ。金光大阪高卒業後、ジム・エバンス審判学校(アメリカ)での研修を終えて2007年にセ・リーグ審判員となる。2010年には入局4年目の早さで1軍戦に出場。2017年にはオールスターゲームも経験し、2018年にプロ野球審判員を引退。現在は起業し、全国の大学野球リーグ戦を無料配信する事業やYouTuberなどとして活動している。

プロフィール

  • 小林 悟

    小林 悟 (こばやし・さとる)

    フリーライター。1981年、福井県生まれ。週刊誌『サンデー毎日』(毎日新聞出版)、『週刊文春』(文藝春秋)、『集英社オンライン』(集英社)などで食や暮らし、スポーツにまつわる話題を中心に執筆。

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