桐光学園・松井裕樹の短すぎる夏。取り戻せなかった「最高の感覚」 (2ページ目)

  • 柳川悠二●文 text by Yanagawa Yuji
  • 山田翔貴●写真 photo by Yamada Hiroki

 7月1日に行なわれた浦和学院戦を見る限り、松井に死角はなかった。右打者にはクロスファイヤー気味のストレートをインコースに集め、新球の外に逃げていくチェンジアップで空振りを誘う。左打者にはやはりストレート、そしてカーブとスライダーを縦横に散らし、やはり空振りを奪っていた。今春のセンバツ王者・浦和学院相手に被安打1、奪三振18のピッチングを見せつけられれば、全国に目を向けたとしても松井のライバルを見つけるのは困難だった。松井こそがこの夏の主役であることを確信するピッチングだった。

 だが、浦和学院戦のピッチングを基準にすれば、神奈川大会開幕後の松井は明らかに調子を落としていた。登板した初戦(2回戦)の相洋戦や5回戦の横浜商大戦は、低めの変化球を見極められることが多く、ストレートの迫力も欠いた。苦戦を強いられた相洋戦の後、「調子はあまり良くなかった。最後の夏ということで、勝ちたいという気持ちが強すぎて、力んでしまった」と松井は話し、「体力的にきつかった」と正直な気持ちを吐露した。

 3回戦の試合後は、「ピークを準決勝、決勝に持っていきたい」と話していたが、センバツ王者をねじ伏せた時のようなピッチングを見せることは、最後までなかった。

 それがこの夏特有の暑さに起因するものなのか、それとも別の要因があったのかはわからない。ただ、横浜戦では序盤から氷のうで頭を冷やす姿がやたらと目についた。横浜の小倉清一郎コーチは、試合当日、晴れることを祈っていたという。猛暑に見舞われた2回戦を視察後、松井の暑さに対する弱さを指摘。また、狙い球をストレートに絞らせる一方で、「昨年よりスライダーは落差がなく、曲がりも小さい」と分析。「いい時の感覚に戻っていない。本調子ではない」と選手たちに伝え、けん制時の癖まで見抜いていた。

 この試合の2日前、横浜の練習を見ていると、通常より4mほど前に設置したバッティングマシンを打ち込む浅間と、つきっきりで指導する小倉コーチの姿があった。左打者の浅間は、できるだけボールを手元に引きつけ、逆方向にばかり打ち返していた。だが、浅間の放った決勝の一発は、松井の144キロの初球のストレートを思い切りライトへ引っ張る当たり。ここまでの2打席を通じて、打席で体感する松井の球威は球速表示ほど恐れるに足らなかった。だからこそ、初球にもかかわらず、バットを振り抜くことができたのかもしれない。

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