池江璃花子は世界へ再スタート、平井瑞希の底知れぬ上昇気流――パリ五輪女子100mバタフライ日本代表コンビのそれぞれの挑戦 (2ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • 中村博之●写真 photo by Nakamura Hiroyuki

【豪州での刺激と意識の変化】

 池江は昨年の秋に渡豪。以来、オーストラリアの名将、マイケル・ボールコーチに師事し、以前は競り合っていたエマ・マキーオン(オーストラリア/東京五輪で金4、銅3と女子選手として史上最多の1大会7個のメダル獲得)らと一緒に練習をするようになり、意識も変わってきた。

「昨年までは(競技に)復帰以後の自己ベストに対してはすごくうれしい気持ちもあったし、自分の成長を感じていました。でもオーストラリアに行ってからは自分の目標がだんだん変わってきた。もっと強くなるためには、本当の自己ベスト(50m、100mバタフライ、50m、100m、200m自由形は2018年に樹立)を意識しながらレースをしたり、練習してきました」

 ここ数カ月間はコーチから、50mバタフライは25秒50までいっているのに(昨年の世界水泳選手権予選)、100mの前半50mをなぜ26秒台で入れないのかと言われ続け、悩んでいたが、その部分も準決勝でクリアできた。

「26秒台真んなかで泳ぐ練習をしたり、ダイブ(飛び込み)から25秒台を出す練習を何本もしていたけど、後半(50mでバテること)が怖いから前半行けないっていうのがずっと課題でした。でも後半をしっかり泳ぎ切るための練習はちゃんとやってきていたので、今日は怖がらずに泳げました」

 翌日の決勝は、想定していた26秒5より速い26秒35で前半50mを入ったことで動きが悪くなり、終盤には隣のレーンの平井瑞希に離されて2位。それでも派遣標準を0秒04上回ったうえ、3位の松本を100分の1秒振り切り、代表の座を手にする執念を見せた。

「昨日が57秒0(台)だったのでタイムに焦りは全くなくて、あとは56秒出るか出ないか、1番、2番を争うだけかなと思い、周りの選手はほとんど見ずに自分のレースに集中していました。56秒台を出しておきたかった心残りは少しあるけど、ここ数年は、"早く試合が終わればいい"とか、レース前のギリギリの状況で"このままレースに出られなくなればいいのに"など、マイナスなことしか考えてなかったことに比べると、今回は高校生の時のように、レースが楽しみでワクワクして『何秒出るんだろう』という気持ちになれました。そういう気持ちを戻せたことが、自分のなかで今回の100(m)のバタフライは大きい収穫だったと思います」

 昨シーズンが終わった時点では、「50m種目にフォーカスしてやっていきたい」と話していた。だがオーストラリアに渡ってからの数カ月間で、100mをしっかり泳げる体力をつけ、バタフライでは56秒台で泳ぐ自信もついてきた。

「ここまで成長できたのなら、パリまでの数カ月間ももっと努力できるしもっと強くなれると思うので、そこは本当に自分に負けずに頑張りたい」と話す池江。パリ五輪で勝負する100mバタフライについては、8年前の自分と照らし合わせながら目標を定めている。

「まだリオ五輪に行く前の15歳の時の自分の記録は今の段階で超えているので、16歳の時のリオの決勝タイムを自分がちゃんと上回れることが目標。自分を超えられるのは自分しかいないのでそこを信じていきたい。パリに向けて56秒台中盤や前半のタイムを出すことを目指して強化していけたらなと思います」

 リオデジャネイロ五輪に進む前の自己ベスト(日本記録)が57秒56だった池江は、その記録を高校1年になったばかりの4月の代表選考会(日本選手権)で0秒01更新すると、オリンピック本番の決勝では56秒86まで記録を伸ばし5位になった。そしてそれがさらなる飛躍へのきっかけとなった。その再現をパリ五輪の目標にし、2度目になる世界挑戦へのスタートラインにしようとしている。

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