箱根駅伝予選会の転倒も糧に衝撃の走り 東京国際大のリチャード・エティーリ、ヴィンセントを上回る記録の背景 (2ページ目)

  • 和田悟志●取材・写真・文 text & photo by Wada Satoshi

【箱根予選会の挫折乗り越え今はパリ五輪へ】

 他校の選手にとっても、彼らの存在は大きいだろう。

「世界で戦えるという指標がそこにある。彼らはそういう存在であり続ける」

 かつてはヴィンセントが、田澤廉(駒澤大→トヨタ自動車)らのグッドライバルだったように、エティーリやベットは佐藤圭汰(駒澤大2年)ら日本人の学生トップランナーにとって、そんな存在になっていくのではないだろうか。

 エティーリの話に戻すと、来日したばかりの頃は、自身のポテンシャルに気づいていなかった。それがこの1年で明確になった。学生のみならず、実業団のケニア人選手が相手でも、各種レースでトップ争いができていることで、ケニア代表として戦うチャンスがあるのではないか、と思えるようになったという。目線が高くなったのに伴い結果もついてきた。意識の高さも、ハイパフォーマンスを連発する要因なのだ。

 そんな最強の留学生も、昨年10月には挫折を味わった。第100回記念大会への出場権が懸かった箱根駅伝予選会で、8km過ぎに転倒してしまい、個人12位と力を発揮できなかった。さらには、チームもわずか3秒の差で本大会への出場を逃している。

「予選会の重要性に時間がたつにつれて、本人も気づいていったと思います」

 それを表すエピソードが、翌日に開催されたMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)のテレビ中継を見ていた時にあった。パリ五輪の有力候補にも挙がっていた細谷恭平(黒崎播磨)が28km付近でほかの選手と接触して転倒し立ち上がれなくなった場面を見て、リチャードは思わず頭を抱え込んでいたという。前日の自身の姿に重ね合わせたのかもしれない。

「リチャードもあれだけの転倒だったので、傷がひどくて皮膚科で処置し、MRIも撮りました。打撲ということで1週間程度で走り出せたのですが、転倒がトラウマになってないかが心配で、心のケアを最優先しました」

 11月に入り、八王子ロングディスタンスの出場を決め目標を定めると、エティーリの顔つきが明らかに変わったという。どうやら中村コーチの心配は杞憂に終わったようだ。

 八王子ロングディスタンスでは1万mで26分台を狙ったが、寒さの影響もあって27分15秒53にとどまった(十分に好記録といえるが)。だが、年が明けると、すでに書いた通り、丸亀ハーフで快走を見せた。箱根予選会の走りから"ロードは不得手なのでは?"とも囁かれたが、そんな声をも一掃した。

 新シーズンの東京国際大は、箱根駅伝の出場権を再びつかむことが最大のチーム目標となる。エティーリが、そのキーマンになるのは間違いない。ベットは400mや800m出身で未知の可能性を秘めており、必ずしもエティーリに出番が保証されているわけではないが、いずれにせよ、駅伝ファンに驚きをもたらす走りを見せてくれるのではないだろうか。

 また、エティーリにとってはパリ五輪出場が、個人の大きな目標だ。5000mはすでにパリ五輪参加標準記録をクリアしており、1万mも同標準記録突破間近だ。その上で、強者ぞろいのケニア五輪代表選考会で結果を残さなければならず、ハードルはなかなか高い。

「日本の実業団にはケニア代表になっている選手が何人もいますが、現役の大学生には、ケニア代表としてオリンピック、世界選手権に出場した例はないと思います。今年のパリ、来年の東京世界選手権と続きますが、なんとか目標を果たしてあげたいなと思います」

 ケニアのコーチとも密に連絡をとり、メッセージ通話アプリのWhatsAppには、"チームエティーリ"というグループがあるという。エティーリを世界大会に送り出すための体制は整っている。史上最強の留学生の称号を手にしてもなお、エティーリはまだまだ強くなりそうだ。

【Profile】Richard Etir (リチャード・エティーリ)/2003年12月12日生まれ、170cm・58kg。ティル中→シル高(ケニア)。自己ベスト5000m13分00秒17、1万m27分06秒88、ハーフマラソン59分32秒はすべて日本学生記録。

【Profile】中村勇太(なかむら・ゆうた)/時習館高→中京大。トヨタ紡織、豊川高(愛知)を経て2017年に東京国際大コーチに就任。チームの学生三大駅伝の躍進を支え、イェゴン・ヴェンセント(Honda)等留学生の指導にもあたって来た。2024年シーズンからヘッドコーチの立場で指導にあたる。

プロフィール

  • 和田悟志

    和田悟志 (わだ・さとし)

    1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。

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