マラソン松田瑞生「そりゃ無理やろって言われても、私からすれば何が?って」世陸とMGCで結果を残して「みんなを驚かす」 (2ページ目)

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by 長田洋平/アフロスポーツ

【年齢を重ねて感じる体の変化】

 日本記録を破って世界と戦うというところは、あるランナーと重なるところがある。自分史上最速と日本記録を破ることに走る意義を見出している新谷仁美だ。

 彼女との関係は、松田が17歳の時にさかのぼる。

 松田はインターハイに出場し、7歳年上の新谷が出場したレースでプレゼンターとして花束を手渡した。その後、大阪国際女子マラソンにともに出場し、オレゴンの世陸でもマラソンに出場する予定だったが、コロナ感染のために松田ひとりでの出場になった。

「新谷さんとは高校生の時、お会いして、その後、マラソンでご一緒する機会も増えたんですけど、私がすごいなと思うのは、練習です。距離はそれほど踏んでいないんですけど、質が高いんです。コーチの横田(真人)さんがメニューを組んでいると思うんですが、それがすばらしいんだと思います。私もそれまで距離を踏む練習を軸にやってきたのですが、質を高くして、体と相談しながらでいいかなっていうのを最近、考えるようになりました」

 松田は、まだ27歳。それほど年齢を考える時期ではないが、体のことは本人にしかわからないこともある。特に名古屋ウィメンズ2021以降は、「回復が遅れたり、痛みがすぐに抜けていたものが長引いたり、年齢的にきつさを感じる」と悩むことが増えたという。

「最近、それでちょっと悩んでいます。東京マラソンで痛めたところもまだ回復せず、ほんまにパリまで行けんのかなって思いますもん(苦笑)。とにかく私の場合、スタートラインに立つまでがいろいろ大変なので......逆にスタートラインに立ったら絶対に負けへん、絶対に勝つって、スイッチが入って、怖いもんなし状態になるんですけどね(苦笑)」

【ニンジンを目当てに頑張る?!】

 スタート前は、松田曰く「ネガティブの塊」だという。ヤバい、無理かもしれない。ありとあらゆるネガティブワードが脳裏を駆け巡る。

 レースの数週間前からは人格が変わる。

「レースが近づくとピリピリしだすので、よく目つきが怖いって言われます。怒っていないのに、めちゃ怒っているように見えるらしく、しゃべり口調もきつくなるって言われますね。自分ではそんなつもり全然ないんですけどね。周囲は空気を読んでくれて、距離をとってあまりしゃべりかけなかったり、逆にレースとは関係ない他愛もないことで話しかけてくれたりします」

 松田は、レースが近づくと競技の話をあまりしたくないタイプ。昔は甘いものが大好きで、レース後に食べるパンケーキの話や次に行く旅行の話をすることでモチベーションを上げていた。

「レースは、そのために頑張る感じです。ニンジンをぶら下げられるとぴょんぴょんして取りに行くタイプです」

 パリ五輪を目指す理由のひとつは、ニンジン作戦に松田が乗っているからでもある。

「旦那さんを含めて家族、監督がパリ、パリというので、みんなの夢を叶えてあげられるのって最高じゃないですか。しかも、旦那さんがすごいニンジンをぶらさげてくれて(笑)。私、ヴィトンが好きなんですけど、パリに行ったら凱旋門の近くにあるお店に連れて行ってくれるんですよ。さらにエルメスのパリの本店でお買い物させてくれるっていうんです(笑)。そのために今は必死になって、パリ五輪の出場権をとりにいこうと思っています」

 松田が世陸とパリ五輪の二兎を追うのは、もちろんぶらさがったニンジンを得るためだけではない。応援してくれる家族、監督、そして東京五輪の選考レースで傷心の自分を励ましてくれたファンへの気持ちに応えたいという気持ちが強く働いているからだ。

「私は、自分のためにというより人のために頑張れるタイプなんです。オレゴンも監督が行きたいというので、そのために頑張ろうって思って、行くことができた。他人のため、応援してくれる人のため、誰かのために頑張ろうと思うと、いつもの倍以上の力が発揮されるんです。その気持ちで、今回は2レースを走ります」

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