箱根駅伝優勝には「2区は田澤じゃないといけないと感じていた」。駒澤大・大八木弘明監督が振り返る大学駅伝3冠への道 (2ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by Kishimoto Tsutomu

 大八木監督が絶対に外したくないと思っていたと話す田澤の走りは、体調が万全ではないなかでも強烈だった。2年連続の区間賞獲得は逃したが、逃げられた中大(吉居大和・3年)には3秒差と粘り、競り合った青学大(近藤幸太郎・4年)には1秒勝つ2位で中継した。

「区間賞を獲らなければいけないという自覚はあっただろうけど、チームの流れを作る走りをしてくれたのはさすがエースですね。ただ、区間賞が獲れなくても最後まで粘って秒差でつないでくれたのは、彼が人間的に成長してくれていたからこそ。本当に気持ちだったでしょうね。『俺がやるしかないんだ』と思ったからこそ、コロナで休んだあと、2週間で急激に仕上げてきました。体力はあるほうだと思うけど、心肺機能はベストコンディションではなかったからラストは本当にきつかったと思います。本当によく走ってくれたし、私もタスキをつないだ瞬間に、『田澤はすごいな』と言っていましたから(笑)」

 3区の篠原は青学大を26秒突き放したが、中大とは10秒差があった。そして4区で鈴木芽吹(3年)が中大を抜き、追い上げてきた青学大と競り合いながら1秒だけ前に出る1位で5区に中継した。

「鈴木はまだ絶好調の走りではなかったですが、12月からは練習もしっかりできて7~8割くらいまで上がってきていて。元々うちと青学大、中大、順大、國學院大の5校の往路優勝争いになると思っていたので、4区終了時点の状況は想定どおりでした。ただうちは、山に使った1年生が本当によく走ってくれたと思います」

 往路は中大に30秒差の1位でゴール。しかし、大八木監督が復路で警戒していたのは、2分03秒差で続いていた青学大だった。

「7区以降に強い選手を並べているので、もし6区で僅差まで迫られたら怖いと思っていましたが、6区が終わって青学大が厳しくなったので、そこからはうちと中大の戦いだと切り替えました。ただ、中大も強い選手が残っていたので、8区まで何とかうちが前だったら逃げきれるかな、というのはありました。8区が終わって1分05秒差になった段階で少し行けそうだなとは感じましたが、本当に勝てるかもしれないと思ったのは9区の途中でした」

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