退路を断って成長。パラテコンドー・伊藤力が東京パラ初代王者を狙う

  • 荒木美晴●取材・文 text by Araki Miharu
  • photo by Murakami Shogo

 パラリンピック"初代王者"を狙う男がいる。パラテコンドーの伊藤力(セールスフォース・ドットコム/クラスは-61kg、K44)だ。

 パラテコンドーは東京2020パラリンピックで正式競技となる。ルールは頭部への攻撃が禁止されているが、それ以外は一般のテコンドーとほぼ同じだ。右上腕切断の伊藤は、2016年に競技を始めたばかりながら、2017年には US オープンで金メダルを獲得、同年の世界選手権でベスト8と結果を残し、早くも将来を期待される存在へと駆け上がった。

東京パラリンピックに向けて現在地を語ってくれた伊藤力選手東京パラリンピックに向けて現在地を語ってくれた伊藤力選手 パラテコンドーの場合、突きはポイントにならず、有効ポイントは蹴りによる胴への打撃のみ。つまり、基本は足技の応酬となるため、フィジカル的にはブレない体幹と高い柔軟性が求められる。「でも僕、競技を始めたころは本当に体が硬くて......」と伊藤。中学で剣道、高校で硬式テニス、社会人でフットサル、仕事中の事故で右腕を切断したあとはアンプティサッカー(切断者によるサッカー)と、さまざまなスポーツに取り組んできたが、「足は上まで上がらないし、身体も曲がらない。一番しっくりくる言い方をすると、柔軟性は"ヤバイ"状態」だったと、苦笑いを浮かべる。

 そんな彼も、いまや世界の猛者と戦うトップ選手に成長。「普段から健常者とともに稽古し、鍛えられるのが、パラテコンドーの魅力のひとつ」と語るように、伊藤も週の半分は都内や千葉県の道場などで、有望な大学生らと汗を流す。歩きながら足を上げてストレッチを行なう柔軟から始まり、空蹴り、ミット蹴りと続き、「この時点で、相当息が上がる」と言うが、稽古をこなしていくうちに柔軟性が増し、しなやかな上段蹴りも自然にマスターしたそうだ。

 伊藤の場合、相手の攻撃を防御する際、残された右腕の一部と左手一本で防ぎ切る必要がある。義手を使ってトレーニングする選手もいるが、試合では義手は着用できないルールになっているため、伊藤は普段から着けていない。両腕のある健常者と稽古することで、反射神経や動体視力、相手の動きを先読みする力が養われ、実際の試合では楽に動けるメリットがあるという。

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