80歳現役を目指す石井寛子にとって「37歳はまだ赤ちゃん」 睡眠4時間の理由、知られざる暗闇の2年間を赤裸々に語る (3ページ目)

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【「周りを遮断していた」】

 華々しい成績を残し、第一線で活躍し続けてきた石井だが、その結果からはまったく想像もできない、どん底の時期を経験していた。

「2015年と2016年は本当に絶望というか、暗闇のなかにいる状態でした。それに気がついたのは、自分のインタビューをテレビで見たときです。顔が暗すぎて、これはやばいと。病院に行ったほうがいいのではないかと思うほどでした」

 当時はナショナルチームとガールズケイリンの両方を掛け持ちしていた時期。多忙な毎日のなかで、1着を貪欲に追い求め、練習にもストイックに取り組んでいた、その非の打ちどころのない姿が、周囲からの孤立を生んでしまっていたようだ。

 周りに馴染めない状況が、石井をさらに苦しめ、逆に自ら「完全に周りを遮断してしまっていた」という。表情からは輝きが消え、殻のなかに閉じこもる日々が続いた。

 それでも石井は気丈に発走機に並んだ。それはある思いからだった。

「お客さんが応援してくれていたので、その人たちのために走ろうと決めていました。だから頑張れたし、成績もボロボロにならずに済みました」

 石井はファンの声援を受けて全力で走り、ガールズグランプリで2015年に2着、2016年に4着と好成績を残した。結果がより重視されるプロの世界で、彼女の苦悩が世に知れることはなかった。

【「まだやってるの」と言われたい】

 そして2017年、石井に転機が訪れる。

 ナショナルチームでの活動に区切りがつき、ガールズケイリンに専念することになったのだが、それまで練習場所にしていたナショナルチームのバンクやウエイトトレーング場を利用できなくなってしまった。

「練習をどうしようと思って探しました。それで、バンクは(東京オーヴァル)京王閣をメインにして、ウエイトトレーニング場や低酸素室も、都内で見つけることができました。そこからすごくいい練習ができて、グランプリで優勝することができました。その2017年に人生が変わりましたね」

 この年、ガールズグランプリ5度目の挑戦にして初めて優勝を手にし、さらに初の賞金女王にも輝いた。続く2018年、2019年も順調に勝利を重ね、2年連続賞金ランキング2位と安定した結果を出すことができた。

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