小平奈緒、現役最後のレースへ。「長野五輪の時のような空気感を再び作りたい」と思いを込めて滑る (4ページ目)

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by YUTAKA/AFLO SPORT

 翌2018~19年シーズンは、3月のW杯ファイナル・ソルトレークシティ大会で、やり残していた李が持つ世界記録36秒36更新に挑んだ。そこでは36秒4台を連発したが、世界記録には届かなかった。そして翌週にカルガリーで行なわれた大会に臨み、男子のレースに特別参加し、非公認記録ながら36秒39を出した。

 だがその時期、彼女の体には異変が生じていた。2月の世界距離別の時点で、股関節に違和感があり、片足ではストレッチができない状態になっていたのだ。そんな状態を抱えたまま、2019~20年シーズンにはW杯500mでは6戦3勝、3位3回、1000mでも1勝の成績を残した。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で国際大会派遣が中止になった後半はシーズン中にもかかわらず、違和感解消のために体の再構築に取り組んだ。

 そして2020−21年シーズンは、体の違和感も解消され「最後の五輪」という思いで臨んだ北京五輪へ向け、優勝タイムは36秒台と狙いを定めて調子を上げ始めたが、22年1月に入って右足首を捻挫。2週間はまったく滑れず、北京入りした時点でもスタートで右足を踏ん張れない状態だった。そんな絶望的な状況でも、「頑張って立ち上がる姿を皆さんに見てもらいたい」と出場した。最後まで滑りきったものの、その結果、500mは17位、1000mは10位だった。

 試合後に、「体の痛みがない状態でノビノビ滑れたらいいな、という未来像を描いている」と話していた小平は、それから2カ月後の4月に引退を発表。同時に、10月の地元・長野県のエムウエーブで開催される全日本距離別選手権をラストレースとすることも発表された。体が元気になっているであろうタイミングで、五輪シーズン前から、「最後は思い出のある地元のリンクで滑りたい」という考えがひとつの形になった。

 小平がずっと思い描いていた理想の光景は、子供の頃にテレビで見て、「多くの人たちが一体となって共鳴している」と感じた、1998年長野五輪のスピードスケート会場だ。

「長野五輪の時のような空気感を再び作りたい」という思いを込めて、小平はエムウエーブで滑る。

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