新濱立也「まず視界に入っている相手を倒す」。急成長の背景は「最後の100m」と「リラックス」 (4ページ目)
いったい、どのように最後のコーナーを回っているのか。
「ゴールラインを切れずにあがいて、中嶋(謙二)先生と試行錯誤していた高校時代に気づき始めたコース取りがあります。今でも100%そのコース取りをするのは難しくてミスする場面もまだまだあります。ただ自分の体格やパワーで時速60キロくらいのスピードでコーナーをきれいに加速しながら回ろうと思ったら、カーブの頂点で(コース内側の)ポイントについてしまうと、そこで振られてしまう。なので、頂点より先のエリアを狙ってコース取りをする。そういう感覚をレースで出せるようになったのは、本当にここ数年というか、平昌の選考会前あたりから。それからシニアのワールドカップ(W杯)に出て、どんどん質を上げていきました」
カーブを回る時には、入り口から出口まで内側のラインに沿ってぴったり回るより、出口にかけてふくらんだほうがスピードを維持しやすい。だからふくらむのは当たり前のことにも聞こえるが、カーブに入るポイントや角度がズレると思い描いたラインどおりに滑れなくなり、コースを逸脱しかねない。かといって、体を倒しカーブに入ってから軌道を変えようとすれば、進行方向に対しブレーキをかけることになって大きな減速に直結する。時速60キロなら100分の1秒で16.7cmほど進むのだから、カーブの入り口で瞬時の判断を誤れば勝負にならない。
ましてや183cmの新濱のように大柄な選手になればなるほど氷との軋轢は大きくなる。少しのミスをカバーするにも、いちいち大きなブレーキをかけなければいけないから、より繊細なコントロールが求められる。どうすれば最後の勝負を仕掛けられるのか。
「冷静に自分を整理することは心掛けてます。やっぱり最後の100mは、負けていれば、勝たなきゃという気持ちが入ってしまう。だけど気持ちが入りすぎると、逆に力みが出て滑りがバラバラになる。それは加速ではなく、減速に自分から向かっていることなので、冷静に自分の滑りを最後まですると常に考えています」
ただ、心掛けだけではなかなか難しいとも思う。レース後半、体への負担とスピードがピークに達したところでの気持ちの整理とは、どうすればできるのだろうか。
「とにかく数をこなして、多く経験をするしかないかなと思います。自分が勝てた時に得られる自信をどれだけ多く体験できるかで、冷静に滑らなきゃいけないという感覚を自分の体で覚えられる。たぶん勝っている時は、自分の力以上のものを発揮してると思うんですよ。リラックスしすぎてはいないけれど、ある程度リラックスできているから、力まない。そういったところに気づいてそういう経験を多くこなせば、どのくらいリラックスしていると勝てるかという自分の度合いがわかってきて、少しずつ力まずに気持ちが入りすぎないで滑れるようにはなると思います」
高校2年で苦しい経験をし、シニアになってから出場したレースで上がり100mでの勝負勘が身についたというが、はたして「数をこなす」と言えるほどの数だったのか。いつの間に奥義とも言えるリラックスへの扉を開いたのか、いささか不思議に思えてならない。
「ナショナルチームに入ったシーズンにW杯選考会で勝って、日本選手で自分ひとりがディビジョンAで滑りました。初めての出場で緊張もしましたし、不安もあったなかでのレースでしたが、なぜか3位になれた。今思えば、その時に無名だったからこそ力むこともなく、本当にリラックスして自分の滑りができたっていうのがあります。それが最初の気づきでしたね。ここまでリラックスして滑れば世界で戦えるんだというのを、体で感じられた。結果として、その勝ちがあったと思います」
リラックスして試合に臨むカギを手にした新濱は、次々と新たな世界を拓くことになる。
(インタビュー後編につづく)
【profile】
新濱立也 しんはま・たつや
スピードスケート選手。高崎健康福祉大学職員。1996年、北海道野付郡別海町生まれ。3歳からスケートを始め、釧路商業高校3年の時、インターハイで500mと1000mで優勝。高崎健康福祉大学進学後、2019年3月のW杯最終戦・男子500mで33秒79を出し、当時の日本記録を大幅に更新。2020年2月の世界選手権スプリント部門で優勝。2022年2月の北京五輪は男子500mで金メダル候補とされたが、20位に終わった。
宮部保範 みやべ・やすのり
元スピードスケート選手。1966年、東京都生まれ。父親の転勤に伴い、北海道や埼玉県で学生時代を過ごす。埼玉・浦和高校、慶応義塾大学を卒業後、王子製紙に進む。1992年アルベールビル五輪に弟の宮部行範とともに出場し、男子500mで5位、1000mで19位。1994年リレハンメル五輪は500mで9位。
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