なぜ宇野昌磨はプレッシャーを超えられるのか? 問題を解決していく王者のアプローチ (3ページ目)

  • 小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 能登 直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

【長いキャリアの賜物】

 29番目で、宇野は決戦のリンクに入っている。鍵山優真と入れ替わる形だったが、鍵山は冒頭のサルコウを失敗し、"全日本の魔物"と遭遇していた。得体の知れない空気が漂っていたが......。

 宇野のSPは映画『Everything Everywhere All at Once』からの『Love you Kung Fu』で、誰よりも安定した演技を見せている。ささやくようなボーカルから、一瞬の静寂が落ちる。そこで冒頭の4回転フリップを降りると、GOE(出来ばえ点)も稼ぎ出した。

「全体的にスピードを出しすぎない」

 それを心がけ、ジャンプの精度を高めたという。4回転トーループのあと、セカンドは3回転でなく、慎重に2回転トーループを選択。あらゆる状況を踏まえての判断だった。

 スケーティング技術のすべてを駆使して、音を丁寧に拾う。スピンも、ステップも、すべてレベル4を記録。最後のジャンプ、トリプルアクセルのランディングは尊いほど美しかった。彼だけの高みにたどり着いていた。結果は首位。104.69点は、2位を10点近く引き離したスコアだ。

「ジャンプの感触はよくなかったです。アクセルも、トーループも、フリップも、今シーズンのなかでは中国杯と同じくらい不安定な感じで。(連続ジャンプを4回転−3回転ではなく)4−2にしたのは正しい判断だったと思います。すべてうまく調整できた演技で、これも長くやってきたキャリアの賜物かなって」

 そう言って笑った宇野は、論理的思考で問題を乗り越える異能の持ち主である。そのアプローチこそが、彼を王者たらしめている。たとえば2019年、全日本選手権でかつてないほどの不調から復活し、優勝を遂げた時も、彼はこう語っていた。

「どん底を経験したから、いつもと違う考えを持つことができるようになりました」

 彼はそう説明していた。撓(たわ)む思考というのか。ロジックをベースにしているからこそ、心が折れない。その場の戦いに合わせられる。

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