村元哉中・高橋大輔の「かなだい」は同じ船に乗る同志「これ以上の作品を作れるパートナーはいない」 今後はアイスショーなどで活動続行 (2ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • photo by 産経新聞社

 肉体だけでなく、心も痛めつけるものだ。

 しかし高橋は1年後に雄々しく復帰し、2010年バンクーバー五輪で日本人男子シングル初のメダルを獲得した。これだけで奇跡に近かったが、その後も世界選手権、グランプリファイナルでも日本男子初の優勝を飾った。2014年に引退後、2018年には現役復帰し、全日本選手権で準優勝を果たした。

 まさに不死鳥だった。

 そしてアイスダンス転向発表で、高橋は度肝を抜いた。別種目への挑戦で、懐疑的な声が出たのは無理もない。だが結成3年目で全日本王者となり、世界トップテンに肉迫したのだ。

 高橋がケガと向き合った日々は、苦しみやもどかしさもあっただろう。そのつらさは伝播し、一番隣にいた村元も共有したに違いない。しかしふたりにとって、それを凌駕する充実した3年だったはずだ。

 さもなければ、最後の日、これほど曇りのない笑顔を浮かべることはできない。

【晴れやかだった引退会見】

「大ちゃんは世界観というか、感性がすごくて。見たことのないプログラムを一緒に表現できるのが嬉しかったです。(2年目の)『ソーラン節』は世界でもインパクトあったはずだし、『コンガ』もとんでもなく速い動きのプログラムで、『オペラ座の怪人』も......。シーズンごとにどんどんマッチしていって。一緒に滑って、これ以上の作品を作れるパートナーはいないって思いました」

 村元は優しい声音で言った。同じ船に乗る同志というのか。そう信じられたからこそ、「超進化」の航海を遂げられたのだ。

「(最後の大会になった4月の)国別対抗戦のフリーの日、自分は結構緊張していたんです。でも、リンクで自分たちの名前がアナウンスされた時ですかね。ふと、"これからもう、この景色を見ることはないんだな"と思って......。アイスダンスでは、こうしてすっきりした気持ちで引退できました。これも哉中ちゃんが誘ってくれたからで、感謝しています」

 20年近く、競技者として生きた高橋は感謝を口にした。

 ふたりは競技生活の幕を引いている。しかし、かなだいが解散するわけではない。これからも、表現者としてアイスショーなどで活動を続けるという。

「これが終わりじゃない。スタートになるように」

 村元は言う。

「新しい展開も見守ってもらえるように。まだまだジェットコースターに(一緒に)乗ってくれたらいいな」

 高橋はファンへのメッセージを発信した。

 今月12日、福岡でのアイスショー『アイスエクスプロージョン』が、かなだいの新たな船出となる。

プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。

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