GPファイナル初出場、初優勝の三原舞依。コーチの言葉に発奮も「本当に実現できるとは思っていなかった」 (3ページ目)

  • 辛仁夏●文 text by Synn Yinha
  • photo by Reuters/AFLO

【目指すのは世界選手権】

 ここまで過酷な競技生活を強いられてきた。15年12月に「若年性特発性関節炎」と診断されて入院。退院後は車いす生活を余儀なくされ、通院と治療、服薬をしながらの難病との闘いが始まる。それでも大好きなスケートを諦めることはなく、復帰した16年-17年シーズンは、GPスケートアメリカで好成績を収め、全日本選手権で3位に。初代表となった四大陸選手権で初優勝、そして世界選手権5位と健闘した。

 18年の平昌五輪を目指していたが、17年の全日本選手権で5位と振るわず、念願の五輪出場は果たせなかった。その後も、無理をして復活すれば、しばらくすると休養を強いられるという繰り返しで、懸命なリハビリにも取り組んだ。

 19年の夏ごろから体調不良に陥り、練習が積めない状況のなかで大会への欠場が続き、結局、1シーズンの休養を余儀なくされた。やせた姿でリンクに戻ってきた20年-21年シーズンは、その体形の細さに誰もが心配したが、焦らずじっくりと練習に励み、少しずつ体調も上向きになっていった。

 昨季はアジア杯で優勝したほか、GP2大会で連続4位と復活の手応えをつかんだが、全日本選手権では4位に終わり、またも五輪代表の座を逃した。そんな悔しい気持ちを糧にして、何度も降りかかる困難を乗り越えて、大躍進の今季を迎えたというわけだ。

 3連勝でのGPシリーズ制覇は完全復活と言ってもいいかもしれないが、体調やコンディションを整えていくことは今後も必要だろう。世界選手権代表を今季の目標に掲げる三原は貪欲さを失っていない。

「(フリーの演技は)全部が全部、完璧じゃなかったので、まだまだレベルアップしたいなと思っています」

 1週間後の全日本選手権でどのような結果を残せるか。この勢いに乗って初の全日本のタイトルも一気に手中にしたいところだ。

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