浅田真央「思いが溢れて、言葉になりません」。覚悟と進化の演技にスタンディングオベーション (2ページ目)

  • 小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 坂本 清●撮影 photo by Sakamoto Kiyoshi

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「覚悟と進化」

 それをテーマに、同年11月にはチームを組んでトレーニングを始めたのだ。

「始めてから、いろいろ大変なことはありました。でも、新たなアイスショーを見ていただきたい思いが強くて」

 浅田はそう説明している。

「練習では泣いたり、笑ったり......。乗り越えられたのはチーム力で、底力だと思います。それは私たちにしかないチームワークで、『BEYOND』の魅力だと思っています。タイトルどおり、乗り越えるというか。私もリフトだったり、(スロー)ジャンプだったり、挑戦してきました」

「すべてを出し尽くしました」

 彼女は『BEYOND』で、過去を颯爽と超えていた。

 現役時代も使ったミュージカル『アイ・ガット・リズム』、三つ編みを赤いリボンでひとつに結んだ浅田は弾むように滑り、まるで赤と白のキャンディのようだった。一方、現役時代の名プログラム『シェヘラザード』では男性とペアで、色気のある衣装も高潔な演技。恋するような艶っぽさとアスリートとしてのたくましさを同時に披露した。

 また、ショパンの『バラード第1番』はピアノの鍵盤を叩く音と雨を感じさせる映像の融合が白眉(はくび)で、彼女がダブルアクセルを決めると観客を陶酔に誘った。静と動の対比だ。

 競技者として代名詞のひとつになった『白鳥の湖』では、人間の業を演出した。背景の映像は幻想的だがリアルで、たなびく薄い雲が月をなで、湖上に浮かんだような城にいる錯覚を与える。スワンの浅田は清廉で美しく、ブラックスワンでは不敵で妖しかったが、右足だけ純白のスケート靴なのはメッセージか。

 他にも、映画サウンドトラック『ラヴェンダーの咲く庭で』、オペラ『カルメン』など浅田の現役時代メドレーになったが、過去を再現させつつ、新しいものをつくり出していた。時空を超える旅を重ねるたび、会場にエネルギーが満ち、夢の世界と現実がリンクした不思議な感慨があった。スタンドでは、観客が体を震わすように手拍子を鳴らしていた。

「すべてを出し尽くしました」

 公演後の会見、浅田座長がそう言って口角を上げると、カメラのシャッター音が一斉に鳴った。疲労困憊のはずだが、笑顔を絶やさない。

「声援を出してはいけないルールがあるなか、皆さんに拍手をもらって、マスク越しでも笑顔を見ることができて、(サンクスツアーから)1年半ぶりにすばらしい舞台になりました。思いが溢れて、言葉になりません。こうした状況のなか、多くの方が会場に来てくださったおかげで、最高の公演になりました。みなさんに最後まで拍手をもらえて、スタンディングオベーションもとても自信になりました!」

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「千秋楽まで全力で、『BEYOND』の世界観を送り届けられたらと思います!」

 不死鳥フェニックスの衣装を身にまとった浅田は、鳴り止まないアンコールの拍手を受け、その先へ向かうことを誓った。広げた翼は色鮮やかで、生気に満ちていた。何度でも甦り、再生する物語だ。

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