パリ五輪レスリング代表・尾﨑野乃香が慶應義塾大学を選んだワケ 一流アスリートが貫く文武両道の流儀「スポーツだけの人生になりたくなかった」 (3ページ目)

  • 布施鋼治⚫︎取材・文 text by Fuse Koji
  • 保高幸子⚫︎撮影 photo by Hotaka Sachiko

【スポーツを通して国際的に訴えることができる人に】

 慶應を選んだ時点で、練習は出稽古中心になることはわかっていた。自分の興味のある勉強をできる環境にあるのとは対照的に、レスリングのほうはそうではないということだ。それも覚悟のうえでの慶應進学だった。

「そこは本当に難しいところで、やっぱり自分の所属があって、コーチがいて、仲間や同期がいることは、非常に大切なこと。レスリングをやるうえでの基盤だとも思う。そういう環境で切磋琢磨できることはうらやましい。でも、いまの環境は自分で選んだんだから、仕方ないんですけど」

 では、尾崎にとって、慶應でレスリングを続けるメリットは何なのだろうか。

「慶應を選んだからこそ、自分がやりたいようにできる点です。練習に集中したいときには集中できるし、休みたいときには休める。自分で自分を甘やかして、どんどん落ちていくことは簡単。逆に自分をどんどん奮い立たせて、どれだけ強い自分でいられるか。慶應にいる限り、そこはすごく大切なことだと思います」

 尾﨑にとってレスリングも勉強も集中して打ち込むという点においては「結構似ている部分がある」と感じている。

「じゃあ、いまから2時間やると心に決めたら、私はそのままずっと2時間集中してできる。気がついたら、すごく時間が経っていることもあります」

 興味があることには徹底的に打ち込む。そのマインドは母・利佳さんの教育方針によって育まれたものだ。

「幼稚園の頃から体操教室や絵画教室にも通わせてもらったり、野外活動にも頻繁に行っていました。何でも興味のあることはやりたいという子でしたね。昔から何かに一生懸命に取り組むのは得意。一生懸命にやれば、何か成果が出るというのはお母さんの教育のおかげだと思います。お母さんは『成功体験をたくさんさせてあげた』と言っていますね」

 この4月から尾﨑は4年生になったが、パリ五輪出場が決まった現在、オリンピックを優先に活動しようと心に決めている。

「卒業するには残りの単位や卒論のことも考えないといけない。でも、オリンピックは4年に一度。卒業は必ずしも来年しようとは思っていない。卒業もしようと決めてしまうと、大変になると思うので、いま勉強のことはちょっと横に置いておきたい気持ちもあります」

 ちょっと先の話になりそうだが、卒論は「女性とスポーツの平等」について書こうと思っている。

「レスリングだと前例がなくて文献もないので比べようもない。だからサッカーとか文献を捜しやすいスポーツにしようかなとは考えています」

 奇しくも尾﨑が出場するパリ五輪は、男女とも参加人数は同数で行なわれる。世界各地で戦争や紛争が増えてきたことに尾﨑は頭を悩ます。

「将来は社会に貢献できる人になりたい。社会における女性の平等問題もそうですけど、スポーツを通して国際的に訴えることができる人になりたい」

 発信力を強めるためには、パリで金メダルを獲ることは必要不可欠。すでに尾﨑は4年後のロサンゼルス五輪も視野に入れている。

【Profile】尾﨑野乃香(おざき・ののか)/2003年3月23日生まれ、東京都出身。成城学園中(東京)→帝京高(東京)→慶應義塾大在学中(4年)。小学校低学年の頃、テレビに映っていた浜口京子(五輪2大会連続銅メダリスト)の姿にインスピレーションを受けレスリングを始め、全国大会で全国少年少女選手権大会では2階級で優勝するなど、頭角を表わす。中学時代以降も全国トップ選手として活躍し、2018年からはジュニアのトップ選手が集うJOCエリートアカデミー所属となる。2021年に大学入学後は3年連続世界選手権に出場し、それぞれ62kg級3位、62kg級優勝、65kg級優勝を果たす。2024年1月のパリ五輪68kg級日本代表決定戦(プレーオフ)を制し、オリンピック代表の座をつかんだ。

プロフィール

  • 布施鋼治

    布施鋼治 (ふせ・こうじ)

    北海道札幌市出身。スポーツライター。得意分野は格闘技。現在、週プレNEWSで「1993年の格闘技ビッグバン!」 を連載中。『吉田沙保里 119連勝の方程式』(新潮社)でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。他の著書に『東京12チャンネル運動部の情熱』(集英社)など多数。

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