井上尚弥を鍛え上げる八重樫東と鈴木康弘 ふたりに白羽の矢が立った理由と効果とは? (2ページ目)

  • 本間 暁●取材・文 text by Homma Akira
  • 山口裕朗●撮影photo by Yamaguchi Hiroaki

【週2回の"八重トレ"効果】

「尚弥に最も殴られた男」と苦笑交じりに自虐的に語る八重樫トレーナーは、ミニマム級、フライ級、ライトフライ級の世界3階級を制した名チャンピオン。日本王者から最初に世界王座を獲得した頃、まだプロデビュー前の高校生だった尚弥と火の出るようなスパーリングを開始し、それ以来の付き合いとなる。

 現役時代、自らの体を「実験台」と称し、名だたるフィジカルトレーナーの下で体を苛め抜き、そのノウハウを体に刻み込んできた。引退後も、ボクサーだけでなく著名な格闘家、武道家も多く集う野木丈司氏の階段トレーニングに参加し続け、「動ける体づくり」に勤しんでいる。尚弥のボクシングを、身をもって熟知している人物で、「トレーニングをやって見せることのできる人」という父・真吾トレーナーが望む絶対条件にも適う。

「サプリメントやコンディショニングの知識も豊富ですし、 "階級を上げて戦う"ことも知り尽くす人」(尚弥)に白羽の矢が立ったのは、2021年11月のこと。明言こそ避けているものの、尚弥はおそらく、この頃からすでにバンタム級を維持することがかなり困難だったのだろう。

「ここから上の階級は、骨格などのフレームが違ってくる」(尚弥)という意識、そしてさらにチャレンジしていこうという意志と覚悟、その表れだったと推察される。

 井上トリオが所属する大橋ボクシングジムには各種の器具が取り揃えられている。八重樫トレーナーが現役時代から必要なものを少しずつ集めていった成果だ。専門のトレーニングジムに通うとなると、費用もかかり、時間も取られてしまうが、ジムワークからの連動が、より効果を発揮するトレーニングもある。"タイムラグ"がマイナスになってしまう類のものだ。

 井上トリオは、八重樫トレーナーが作成するフィジカルトレーニング、通称"八重トレ"を週2回こなし続けている。効果はてきめんで、見た目もさることながら、いわゆるインナーマッスルが分厚くなった。

 尚弥も実戦を通して、"八重トレ"の手応えを感じ取ったのだろう。当初は「バンタム級のように、スーパーバンタム級にフィットするのにも4、5年かかるかも」と語っていたが、これについて口を閉ざすようになった。

 今年7月に尚弥とスーパーバンタム級の統一戦を戦ったスティーブン・フルトンは、「フィジカルを活かすスタイルの選手ではなかった」と尚弥は言うが、同級では大柄で1階級上のフェザー級転向も視野に入れていたフルトンのクリンチを弾き飛ばすシーンもあった。距離と間合いを巧みに操り、さらに世界でも稀有のパワーを発揮する強打の持ち主だけに、相手はクリンチすら選択できない。それもまた"ナオヤ・イノウエ"の特長だが、クリンチに成功しても吹き飛ばされてしまうのでは、対戦相手はもうお手上げ状態だ。
(つづく)

チーム井上の面々。左から鈴木康弘トレーナー、八重樫東トレーナー、井上浩樹、井上尚弥、井上真吾トレーナー、太田光亮トレーナー 写真提供/大橋ボクシングジムチーム井上の面々。左から鈴木康弘トレーナー、八重樫東トレーナー、井上浩樹、井上尚弥、井上真吾トレーナー、太田光亮トレーナー 写真提供/大橋ボクシングジムこの記事に関連する写真を見る

◆後編 井上尚弥のパンチングパワーの秘密

プロフィール

  • 本間 暁

    本間 暁 (ほんま・あきら)

    1972年、埼玉県生まれ。専門誌『ワールド・ボクシング』、『ボクシング・マガジン』編集記者を経て、2022年からフリーランスのボクシング記者。WEBマガジン『THE BOXERS』、『ボクシング・ビート』誌、『ボクシング・マガジン特別号』等に寄稿。note『闘辞苑TOUJIEN運営。

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