堀口恭司が「最強のMade in JAPAN」になるまで。空手でボコボコにされた日、師匠KIDとの渡米前のやりとりも語った (3ページ目)

  • 篠崎貴浩●取材・文 text by Shinozaki Takahiro
  • 田中亘●撮影photo by Tanaka Wataru

【師匠KIDさんとの練習とやりとり】

――栃木県の名門・作新学院高校ではインターハイにも出場。卒業後、KIDさんに憧れて弟子入りすることになります。ジムのKRAZY BEEでは体の大きさが同じぐらいなので、スパーリングもしたそうですね。

「一緒に練習することは多くなかったですけどね。スパーをやる時は、僕のほうが距離が遠いので、KIDさんはやりづらそうでした。KIDさんはどちらかというとカウンタータイプでしたし、僕はずっとサークリングしながらフックや蹴りをくらわないようにしていましたから。もらっちゃうとKOされちゃうんで(笑)」

――レスリング技術はKRAZY BEEで身につけたんですか?

「弟子入り前はレスリングと柔術が全然できなかったんで、KRAZY BEEでずっと伸ばそうと頑張ってました。それでも、技を決められるようになるまでは時間がかかりましたね」

――2015年、堀口選手がKIDさんに「ATTに行こうと思ってます」と告げ、KIDさんが「ジムに誰もいなくなっちゃう(笑)」と答えたやりとりが動画で残っていますが、愛弟子を笑って送り出すKIDさんの姿が印象的でした。

「KIDさんはいつも止めないんです。普通のジムの代表さんは、『ダメ』って言うと思うんですけど、KIDさんは、『いいじゃん、行ってきなよ』って。KIDさんとは、(2018年9月に)亡くなる前も連絡を取り合っていて、『俺もちょっとATTに行きたいんだよね』ってメッセージを送ってきてくれて。僕も『いつでもいいっすよ。みんなに話しておきます』と返したんですが......実現しなかったことは残念でした。本当に、寛大な方でしたね」

――堀口選手がATTで練習することを決めた理由は?

「もっと自分の穴を潰して、上に行くため。それしかないです。日本にいたままだったら、たぶん僕は当時の自分に満足しちゃってたと思います」

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