木村沙織「世界一のために、ハイブリッド6を突き詰める」 (3ページ目)

  • 中西美雁●構成 text by Nakanishi Mikari
  • 織田桂子●写真 photo by Oda Keiko

 昨年からは全日本のキャプテンを務めている。眞鍋監督に最初にその話をされたとき、本当はもう現役から離れようかと考えていた。

「ロンドンで銅メダルも取らせてもらって、海外(トルコ)でもプレイして、自分としてはすごくやりきったなという思いがありました。もうバレーボールから離れようかなという気持ちもあったんですけど、眞鍋さんがトルコまで見に来てくださって、次のシーズン、代表でキャプテンをやってほしいと言われたんですね。そこからまた考え直したりして、今にたどりつきました。

 (きっかけは)やっぱり眞鍋さんが監督というのも大きかったです。世界一に挑戦すると言われた時に、眞鍋さんがそう言うんだったら本当に金メダルも獲れるんじゃないかと思いました。“キャプテン”というのも、今までやったことがなかったし、挑戦してみようかなと。

 バレーボールは長くやっていますけど、キャプテンの経験はなかったんです。どちらかというと自分の性格的にも向いていないと思いますし(笑)、どうなるのかなという不安はすごくありましたね。でも、今までも吉原(知子)さん、竹下(佳江)さん、荒木(絵里香)さん……といろいろなキャプテンカラーがあって、同じようにはできないかもしれないけど、自分らしくしていれば、いいのかなと。
 
 キャプテンをやり始めて2年目の半ばを超えましたが、それらしいことはミーティングの時に声をかけているくらい。若い子からベテランまでいますが、今いる10代の選手はすごくしっかりしているし、私がどうこうではなくて、チーム全体でコミュニケーションをとろうとしています。今の戦術をしっかり完成させるには、コートの中でやっていることが細かくて、ちょっとでも違うと全部が狂ってくるんです。だから、ふだんの生活でも、コートの中でもコミュニケーションを密にするようにしています。食事も決まった席ではなくて、全員来た順に座って食べてますよ」

 ロンドン五輪後の2シーズン、トルコリーグで活動した。以前何度か取材した際に「海外には挑戦しないの?」とたずねると、木村はいつも笑って「沙織、海外は特に行きたくないです」と手を振っていた。そんな彼女がトルコに行きを決断した理由をきいてみた。

「本当にタイミングですね。リーグでも優勝させてもらって、オリンピックでも銅メダルを取らせてもらって、そのあと何しようと思ったときに、海外のリーグは経験したことがなかったなって。ちょうどそのときにすごく声をかけてくださったチームがあったんです。本当にタイミングが重なって、『きっと今行かなかったら、一生行かないだろうな、今しかないな』と思って、行きました」

 実際トルコに行ってみてどうだったのだろう。日本にいると、それほどこの国の情報は入ってこない。しかし、欧州バレー事情に詳しい人に聞くと、トルコリーグはトップクラスなのだという。

「今は世界トップリーグのひとつで、トルコの選手もいい選手が多いですし、海外から来ている選手も代表級のエースばっかりで、言ってみれば世界選抜チームばっかりみたいな。私は情報に疎(うと)くて知らなかったんですね。そういうチーム同士で試合をしてるんだということを、肌で感じることができて本当に新鮮でした。毎週『すごっ!』って思っていました(笑)。

 海外生活で得られたことは本当にいっぱいあります。何が上手くなったかとか、プレイ・技術面でどこがよくなったかというのは自分では解らないですけど、すごく視野が広がったし、代表戦の時に『あ、世界と戦わなくちゃ!』という力みがなくなりました。なんか普通になったというか。世界の人をネットで挟んで前にしても、あっ、すごいなとか大きいなとかは多少ありますけど、変に緊張したりということがなくなりました。
 
 日本にいても学べることも、もちろんいっぱいあるとは思うんですけど、世界に出て暮らしてみて、初めて日本ってやっぱり島国だな、ちっちゃい国だなと感じることができました」

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