全仏オープン開幕。錦織圭は「赤い土」を制することができるか (3ページ目)

  • 内田暁●文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

 もちろん、その目標も現実的だ。男子プロテニス協会(ATP)のランキングは、出場した大会で獲得したポイントの累積で決まり、それらのポイントは、獲得から1年経つと消滅する。つまり、選手たちがランキングを維持するためには、昨年と同等か、それ以上の成績を残すことがひとつの目安となるのだ。だが、昨年の全仏を欠場している錦織は、今年の全仏で勝ち進むと、獲得したポイントをそのまま上乗せすることができる。5月20日の時点で、錦織のランキングは15位。10位の選手とのポイント差は325。全仏のベスト8進出者に与えられるのは360ポイントなので、そこまで勝ち進むことができれば、トップ10入りが現実味を帯びてくる。

 このように、全仏でトップ10を目指す錦織の手には、夢の領域への扉を開く貴重な鍵が握られている。それは、幼いころから背中を追ってきた憧れの存在である、ロジャー・フェデラー(スイス)を破った事実だ。去る5月9日、錦織は「生きる伝説」とまで呼ばれるフェデラーを、マドリードの赤土の上でフルセットの末にねじ伏せた。球足が遅くなるクレーコートで貫いた攻撃的な姿勢、長いラリーにも気持ちを切らさぬ精神のスタミナ、そして多彩なフェデラーの攻めを切り返したフットワーク――。それらのどれが欠けても、フェデラーに勝つことは不可能だ。ましてや、万能を要求されるクレーコートでは、なおのことである。

「彼(フェデラー)に勝つのは、自分のキャリアにおいてひとつの目標だった。それが、得意ではないクレーで実現できたことに驚いている」

 期せずして得た勝利について錦織はそう振り返ったが、それは、クレーを「得意ではない」と自覚した上で取り組んだ努力の成果が、本人の認識を上回った証左だろう。フェデラーを破った実績と自信は、さらなる夢を現実に変える、「賢者の石」となるかもしれない。
 
 今の錦織は、クレーを得意とは考えていない。それにもかかわらず、今年の全仏オープンでの錦織には、さらなる飛躍と衝撃を期待してしまう。それは、今の彼が思い出ではなく、現実主義に立脚した高い目的意識で「万能」を志し、アンツーカーへと足を踏み入れるからだ。

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