青学のラグビー少女が芸能界へ 浅野杏奈はアイドル時代の苦難も「ラグビーで学んだ諦めない心」で乗り越えた (2ページ目)

  • 白鳥純一●取材・文 text by Shiratori Junichi
  • 是永日和●撮影 photo by Korenaga Hiyori

【試合に出られなくても好きだった】

ーーお姉さんもラグビーをやっていたんですね。

 姉は運動神経がよくて足も速くて、チームに加入するとすぐにウイング(WTB)で試合に出るようになって、卒業前の最後の試合でもトライを決めていました。

 一方で、私の入部も両親はあと押ししてくれましたが、のちのち尋ねてみると、「杏奈はどん臭いから、姉のようにうまくはいかないだろう」と思っていたみたいです。実際に、HOとして練習でスクラムの真ん中にいる私を見て、母はちょっとドン引きしていましたし。

インタビューでラグビー愛を語る浅野さんインタビューでラグビー愛を語る浅野さんこの記事に関連する写真を見るーーたしかに男子に本気で当たられたら、けがが心配ですよね。

 いえ、母はけがよりも「チームの足を引っ張らないかな?」とか「スクラムを崩されないかな?」といったところを心配していました(笑)。当時の私は、小学生のわりには身長が高くて、足はそんなに速くなかったんですけど、母はまさかスクラムの要には選ばれるとは思っていなかったみたいです。

ーー少年ラグビーでも8人でスクラムを組むんですか?

 7人制ラグビーのような3人のスクラムを組んでいました。なので、8人で組むスクラムを見ると、なかがどうなっているのかめちゃめちゃ気になることがあって。冬場のスクラムで選手たちから湯気が出ている様子を見ながら、いろんな想像をかき立てることもあるんです。あと、少年ラグビーには「ラインアウト」もなかったので、試合を見るたびにやってみたかったなと思うことはありますね。

ーーラグビー部の練習はどのくらいのペースであったんですか?

 ふだんのラグビー部の練習は週1〜2回で、私はそれ以外に女子バスケットボールやピアノもやっていました。土曜日は午前中がラグビー、午後がバスケットの練習で、お昼をはさんでボールを投げる方向が後ろから前に変わるんです。きちんと頭を切り替えているつもりでしたが、たまに混乱していましたね(笑)。

ーー試合にも出たことがあるんですか?

 女子バスケットでは渋谷区の大会で優勝したこともあるんですけど、運動神経がなかったので、コアラーズでは4年間で一度も試合に出られなくて。練習だけの日々だったはずなのにそれでもやめずにいられたのは、ラグビーが好きで、すばらしい仲間と過ごせたからなのかなと思います。

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