【競馬】追悼ステイゴールド。ドラマの続きは産駒に託して

  • 平出貴昭(サラブレッド血統センター)●文 text by Hiraide Takaaki
  • photo by Nikkan sports

破天荒でドラマチックな競走生活

 去る2月5日、香港ヴァーズの勝ち馬(2001年)で、種牡馬としても大成功を収めていたステイゴールドが21歳で亡くなった。現役の人気種牡馬の突然の死は、競馬ファンや関係者に大きな衝撃を与えた。

 ステイゴールドは現役時代から破天荒な馬だった。デビュー3戦目には逸走(※)して騎手を振り落とし、競走中止となるヤンチャぶりを見せ、3歳5月の初勝利まで6戦を要した。秋には菊花賞に駒を進め、翌年からGI戦線で好走(2着4回、3着2回)を繰り返したが、重賞初勝利は6歳春のGII目黒記念という遅咲きだった。その際、スタンドに戻ってきたときの拍手や歓声がGIレース級だったというのは語り草で、ファンの多い馬だった。
※走路を大きく外れて、走ってしまうこと

ゴール直前差し切って、香港ヴァーズを制したステイゴールド。 引退レースで初GI勝利!ゴール直前差し切って、香港ヴァーズを制したステイゴールド。 引退レースで初GI勝利!

 そして、海外に遠征すると無類の強さを発揮した。GIIドバイシーマクラシック(ナドアルシバ・芝2400m)では前年のワールドチャンピオン・ファンタスティックライトを破り、現役最終戦のGI香港ヴァーズ(シャティン・芝2400m)では最後の直線で絶望的とも思えた差を見事に逆転する驚異的な末脚で差し切り、ラストランで初のGI制覇。それも、日本調教の日本産馬として初めての海外GI勝利という歴史的かつ劇的な勝利で飾ったのである。通賛成績は50戦7勝[7-12-8-23]だった。

予想を覆(くつがえ)す種牡馬としての大成功

 2002年から種牡馬入り。当時は歴史的大種牡馬である父サンデーサイレンスが絶対的な存在(その年の8月に死亡)で、さらに同じ年の新種牡馬には無敗の皐月賞馬で、後のリーディングサイアー・アグネスタキオンがいた。繋養場所も、社台グループ(白老ファーム)の生産馬ながら、日本の有力種牡馬が集結する社台スタリオンステーションではなく、門別のブリーダーズスタリオンステーション。必ずしも期待は大きくなく、サンデーサイレンス産駒の国際GI馬としては、決して恵まれていない不利な環境の中、種牡馬生活をスタートしたのだ。

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