【競馬】ディープブリランテは種牡馬でも成功できるか (3ページ目)

  • 河合力●文 text by Kawai Chikara
  • 写真提供:パカパカファーム

 迎えたセレクトセール。7月14日、15日と2日間に渡って行なわれ、ディープブリランテの産駒はトータル10頭が上場された。パカパカファームから出されたタイキメビウスの仔は落札に至らなかったが、他では6頭が落札された。なかでも、ノーザンレーシングから出された母マザーウェルの仔は、3700万円の値が付けられた。初年度の種牡馬としては、まずまずの結果と見ていいだろう。

 だからといって、ディープブリランテの種牡馬生活は決して安泰なものではない。例えば、2002年ダービー馬のタニノギムレットは、ウオッカという名牝を輩出しながら、一時400万円まで高騰した種付け料が2013年には80万円まで下がり、200頭前後だった種付け頭数も81頭まで減少している。2006年の二冠馬(皐月賞、ダービー)メイショウサムソンも、産駒がデビューしてわずか3年だが、その間の産駒の戦績が芳しくなく、当初200万円した種付け料が50万円まで急降下。例年100頭前後だった種付け頭数も32頭(2013年)まで激減した。

 ましてディープブリランテの場合、今後は同じくディープインパクトを父に持つ活躍馬が、種牡馬として続々と生産界に参入してくる。血統構成の近いライバルが多数存在する中で、種牡馬としてその血を伝え続けるのは容易なことではないのだ。が、産まれたときから大きな期待を背負い、その期待に応えたディープブリランテなら、種牡馬としても素晴らしい活躍を見せてくれるはずだ。

 生産者であるパカパカファームのスタッフたちも、それを何より願っている。スウィーニィ氏が同馬への熱い思いを語る。

「ブリランテは、とにかく生まれたときから素晴らしい才能の持ち主。種牡馬としてもきっと成功してくれるでしょう」

 開場から11年でダービー馬を輩出し、注目を集めることになった異色の牧場パカパカファーム。次回からは、そんなパカパカファームの未来を展望していく。

(つづく)

  ハリー・スウィーニィ

1961年、アイルランド生まれ。獣医師としてヨーロッパの牧場や厩舎で働くと、1990年に来日。『大樹ファーム』の場長、『待兼牧場』の総支配人を歴任。その後、2001年に『パカパカファーム』を設立。2012年には生産馬のディープブリランテが日本ダービーを制した。
『パカパカファーム』facebook>

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