【競馬】のちのダービー馬を世に知らしめた「一通のハガキ」 (2ページ目)

  • 河合力●文 text by Kawai Chikara

 その点は、スウィーニィ氏にとっても懸念材料だった。その不安を払拭する何かいい方法はないか、彼は日々考えをめぐらせていた。そして、あるアイデアを思いついた。非常に大胆な手法ではあったが、スウィーニィ氏は思い切って実践した。

左が2009年のセレクトセールのカタログ。右はセール直前に作成したディープブリランテのハガキ。左が2009年のセレクトセールのカタログ。右はセール直前に作成したディープブリランテのハガキ。「セレクトセールを2週間後に控えた6月の終わりに、ディープブリランテの最新の写真を載せたハガキを作りました。ディープブリランテ1頭の立ち姿を載せたハガキです。これを2000枚くらい印刷して、バイヤーの方々に郵便で送りました。カタログの写真ではイマイチの反応でも、この最新の姿を見れば、きっと考えが変わるはずだ、と」

 このようなハガキを作って送ることは、パカパカファームにとっても初めてのことだった。それほどディープブリランテへの期待は高く、自信があったと言える。実際にそのハガキを見てみると、カタログとは明らかに違うディープブリランテの凛々しい姿が映し出されていた。

 そして迎えた2009年のセレクトセール。当歳セッションに登場したディープブリランテは、3100万円の価格で無事に落札された。スウィーニィ氏は、この結果に胸をなで下ろしたという。

「パカパカファームは、セリ市でのリザーブ価格(※)が『高い』とよく言われます(笑)。これは、私たちが『それだけの馬』という思いを持っているから。ディープブリランテに関しても、3000万円以下だったら『売らない』と考えていました。それを上回る評価を得られたことは、とてもうれしかったですね」

※上場者が設定する最低落札価格。それより低い値しかつかなければ、上場者が『主取り』という形で引き取る。

 このセレクトセールが行なわれたのは、リーマンショックの翌年。さらに、ディープブリランテの母ラヴアンドバブルズの産駒はまだ勝利を挙げていなかった。そういった状況の中で、3100万円という評価を得られたことに、スウィーニィ氏は喜んだという。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る