買収から10年。アメリカの富豪がマンUで行なったこと (3ページ目)

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper  森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 ナヤニが描くグレイザー家の人々は、まともで洞察力もしっかりしており、それでいて控えめだ。ナヤニに言わせれば、グレイザー家は「富豪のなかでは中流」であり、「もし公認会計士の会議に紛れ込んでも、場違いな感じはしない」という。

 ファンやメディアにどれだけ批判されても、グレイザー家は動揺した素振りをほとんど見せなかった。批判の声に何か応えたほうがいいのではとナヤニが言うたびに、ユナイテッドの共同会長であるジョエル・グレイザーは静かな口調で、その必要はないと彼を諭したという。ファミリー内の団結心が強いこの一族は、世間の声にほとんど興味がない。グレイザー家の最大の関心は、金を儲けることだ。

 グレイザー家がユナイテッドを買収した2005年のヨーロッパのフットボール界で、こうした姿勢は珍しかった。イギリスのフットボールクラブのほとんどは、虚栄心が強い地元ビジネスマンの下で損失を膨らませていた。

 ところが、グレイザー家は儲けを求めていた。そこから、さまざまな疑念が渦巻いた。彼らはユナイテッドの「魂」を捨てようとしているのではないか。オールド・トラフォードのネーミングライツを売ったり、監督のアレックス・ファーガソンや、クラブの象徴的存在から理事になったボビー・チャールトンをクビにしたりしないだろうか。ユナイテッドの伝統を、大胆なリストラを進めるアメリカ人ビジネスマンのように情け容赦なく切り捨てていくのではないか(グレイザー家への反発の声は、イギリスに漂う「反アメリカ」の空気に重なっていることが多い)。

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