「これはまずい」「観客のヤジが的確」「非常にやりやすかった」Jリーグの元審判・村上伸次が今でも忘れられない3試合 (3ページ目)

  • 篠 幸彦●取材・文 text by Shino Yukihiko

【観客が印象深い静岡ダービー】

2019年4月14日/J1第7節 
ジュビロ磐田 1-2 清水エスパルス

 最後はどの試合というより、清水エスパルスとジュビロ磐田による"静岡ダービー"を思い出深いものとしてあげさせてください。Jリーグのなかでも元祖ダービーという特別なものがありますよね。

 たとえ優勝に絡んでいなくても、お互いの選手やサポーター全体から「ここだけは絶対に負けたくない」といったパワーを感じるのが、この伝統的なダービーだと思います。

 私がまだ2級審判員の時代によく静岡の試合に行くこともあって、週末になるとオレンジとサックスブルーのユニフォームを着た人たちが、スタジアムの外でもサッカーの話で盛り上がっている姿を目にしてきました。前日にはテレビでダービーの特集番組が組まれていたり、本当にサッカーの街だなというのを感じました。

 個人的にも大学卒業後は岐阜に住んでいて東海地方の人間なので、この試合の笛を吹けるという嬉しさがありました。

 個人的に印象深いのは "観客"です。とくに清水がホームの日本平で試合をする時は、観客席とピッチが近いのでよく声が聞こえるわけです。その時のヤジが的確なんですよ。

 たとえばバックスタンドのお客さんたちが、オフサイドラインをよく見ているんです。そうして副審に「ポジションずれてるぞ」とか。

 選手にも「そこは右じゃなくて左にパスだろう!」「そこはパスじゃなくてドリブルだろう」とか、そんな具体的な声が聞こえてきて面白いんですよね。

 これまで2009年第23節(清水5-1磐田)、2011年第25節(磐田2-1清水)、2012年第6節(清水3-2磐田)、2017年第5節(磐田3-1清水)、2019年第7節(磐田1-2清水)と多くの静岡ダービーの笛を吹かせてもらってきました。

 そのなかで印象に残っている試合を強いて一つ挙げるとしたら2019年のダービーでしょうか。エコパスタジアムでの開催なので最寄りの愛野駅から歩いていくんですけど、駅を降りるとサックスブルーとオレンジのユニフォーム姿の人々が入り乱れて、ダービーという雰囲気が漂っているんですよね。

 この試合では、清水の鄭大世選手の試合にかける思いの強さが際立っていました。前半36分に彼が先制点を挙げるんですが、試合を通して彼の一挙手一投足に目が離せなくて、彼がこのシーズンのチームを引っ張っているんだというのがよくわかりました。

 私が担当してきたダービーではいつもホーム側が勝っていたんですけど、この試合に関してはアウェーの清水が2-1で勝ちました。この時の両チームは、長くチームを支えてきたベテランが多く抜けて、それまでの黄金期とは少し違うダービー感がありましたね。

 お互いにチームの新たなビジョンを模索していた時期だったと思うんですけど、この試合は選手たちがチームのやりたいことを表現していた好ゲームだったと思います。2023年はJ2で切磋琢磨をして、最後に清水がJ1昇格を逃してしまったのが残念でしたが、また熱い静岡ダービーが見られるのを楽しみにしたいと思います。
(おわり)

村上伸次 
むらかみ・のぶつぐ/1969年5月11日生まれ。東京都目黒区出身。帝京高校-立正大学と進み、JFLの西濃運輸でプレーしたのち、28歳からレフェリーの道へ。2004年からJリーグの主審として活動。2008年からスペシャルレフェリー(現プロフェッショナルレフェリー/PR)となった。2021年10月のヴィッセル神戸対アビスパ福岡戦で、Jリーグ通算500試合出場を達成。この年を最後に㏚を引退し、現在は後進の指導にあたっている。

プロフィール

  • 篠 幸彦

    篠 幸彦 (しの・ゆきひこ)

    1984年、東京都生まれ。編集プロダクションを経て、実用系出版社に勤務。技術論や対談集、サッカービジネスといった多彩なスポーツ系の書籍編集を担当。2011年よりフリーランスとなり、サッカー専門誌、WEB媒体への寄稿や多数の単行本の構成を担当。著書には『長友佑都の折れないこころ』(ぱる出版)、『100問の"実戦ドリル"でサッカーiQが高まる』『高校サッカーは頭脳が9割』『弱小校のチカラを引き出す』(東邦出版)がある。

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