キム・ジンヒョンがセレッソ大阪で「ムチョッコン」に過ごした15年 応援歌への思いを語る (3ページ目)

  • 吉崎エイジーニョ●取材・文 text by Yoshizaki Eijinho

【一試合一試合集中するスタイルできた】

 今回、本人とじっくり顔を合わせて韓国語で改めて話を聞いていて思った。多くの韓国人プレーヤーたちはJリーグクラブへの移籍について「欧州進出のためのファーストステップの場」として、あるいは「精密な技術や戦術を学び成長する場」として捉えている。

 あるいは韓国社会では「国外で大学を出たり仕事したこと」が非常に高い評価を得るなかにあって「キャリアに箔をつける」という考えもある。

 しかしキム・ジンヒョンは何の先入観も持たず、Jリーグの世界に飛び込んだ。だからこそ、15年間を過ごせてきたのではないか。

 本人は「確かに、日本という国やJリーグや文化に対する先入観、また、どうなるかという期待がなかった」と言う。

「僕自身、一試合一試合に集中するスタイルです。未来を見るのではなく、一試合に全力を尽くすことで、あとのことはあとで考えるようにしています。ここセレッソでも、状況に合わせてプレーし続けています。

『いつかヨーロッパに行きたい』だとかも考えたことがありませんね。目の前の試合のためにできる限りのことをして、後悔なく戦いたい。ただ自分に集中した結果、長い時間が過ぎたというところですね」

 日本にすっかり溶け込んでいるようで、じつは韓国らしい考え方だとも感じられる。

 韓国語にも日本語と同じ「無条件」という漢字の言葉がある。「ムチョッコン」と読むが、日本語よりも遥かに頻出ワードで「とにかく、ひたすらに、がむしゃらに」というニュアンスがある。

 まさに彼は、ひたすらやらなければならない日々を過ごし、ふと気づいたら15年もの時が経っていたのではないか。結果、自分のことに集中させてくれた組織、セレッソ大阪への愛が日々増しているといったところか。

 自分のことに集中する、と言うがスタジアムで聞こえる自分の応援歌は知っている。元歌は韓国で1999年1月に男女混成グループ「コヨーテ」が発表した『純情』だ。

「僕が韓国人だから、その歌を選んでくれているのかどうかはあんまりよくわかってないんですよ」という。ただ元歌の歌詞は当然韓国語だから、自分の子どもも意味がわかる。「だから最近は車でも聴かせてて、子どももこの歌が好きになっちゃいました」。

 そうやってまた、愛すべき大阪の地での時間が続いていく。

キム・ジンヒョン 
金鎭鉉/1987年7月6日生まれ。韓国京畿水原市出身。東国大学から2008年に練習生を経てセレッソ大阪に加入。翌2009年シーズンから今年で15年間、セレッソでプレーし続けているレジェンドGK。外国籍選手としてJリーグの単一クラブ最長在籍記録、J1通算最多出場記録(376試合/2023シーズン終了時)を更新中。韓国代表には2011年から招集されていて、2018年ロシアW杯のメンバー。

プロフィール

  • 吉崎エイジーニョ

    吉崎エイジーニョ (よしざき・えいじーにょ)

    ライター。大阪外国語大学(現阪大外国語学部)朝鮮語科卒。サッカー専門誌で13年間韓国サッカーニュースコラムを連載。その他、韓国語にて韓国媒体での連載歴も。2005年には雑誌連載の体当たり取材によりドイツ10部リーグに1シーズン在籍。13試合出場1ゴールを記録した。著書に当時の経験を「儒教・仏教文化圏とキリスト教文化圏のサッカー観の違い」という切り口で記した「メッシと滅私」(集英社新書)など。北九州市出身。本名は吉崎英治。

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