最強ジュビロにオシムが見せた衝撃「Jリーグ30年でいちばん記憶に残った試合」 (3ページ目)

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko

 後半開始5分に右サイドを果敢に駆け上がった坂本がエリア内に侵入。ジュビロの10番藤田がたまらずファウルを犯し、PKをゲット。黄色のゴール裏が爆発する。スペクタクルな試合展開の速さと圧の強さに触発されて真夏のスタジアムは沸点に達していた。選手もサポーターも興奮状態の中、ここでひとりだけクールに状況を見ていた男がいた。

 キッカーのチェ・ヨンスは、この凄まじい熱量の中でしれっとチップキックを決めたのだ。GKヴァン・ズワムが左に飛んだその真横をボールはふわりと抜けて行った。これには名将も度肝を抜かれた。「オシムさんもああいう場面でど真ん中に蹴る奴はアホやと言うてました」(祖母井秀隆GM)。開発者であるチェコ人MFの名前を冠したパネンカはGKが動かなければただのイージーボール。大胆極まる同点弾が決まったことで明らかにジュビロには精神的な動揺がもたらされた。

 ここからはジェフが圧倒し出した。落ちることのないハードワークでピッチ上を支配し、30分には、サンドロが逆転ゴールを突き刺した。その後、前田遼一のヘディングで同点に追いつかれるもジェフは最後まで果敢に攻め続け、王者を何度も追い詰めた。ロスタイムには山岸(智)からのクロスが、駆け上がっていたボランチの佐藤の足元に届くも右足にヒットせず試合終了。それでもオシムのサッカーの先進性を証明するには十分すぎる内容だった。

 記憶が鮮明だが、首位を堅持した試合後のオシムの会見がまたウィットに富んでいた。記者の質問をすかし、諫め、最後は通訳までイジって爆笑の渦に巻き込んだ。次節の清水エスパルス戦で0-3の完敗を喫し、優勝は逃すのだが、そのときにこんなことを言った。「日本人は平均的な地位、中間に甘んじるきらいがある。これは危険なメンタリティーだ。周囲に左右されることが多い」今、読み返しても本質を突く警句である。

 終生言い続けていたモダンサッカーに必要とされるポリバレントな選手の萌芽、そしてたった半年で日本人の特性を看破してアウティングした語録の鋭利さ。前後のトピックも含めてオシムを思い出すたびに脳裏に蘇る試合である。

プロフィール

  • 木村元彦

    木村元彦 (きむら・ゆきひこ)

    ジャーナリスト。ノンフィクションライター。愛知県出身。アジア、東欧などの民族問題を中心に取材・執筆活動を展開。『オシムの言葉』(集英社)は2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞し、40万部のベストセラーになった。ほかに『争うは本意ならねど』(集英社)、『徳は孤ならず』(小学館)など著書多数。ランコ・ポポヴィッチの半生を描いた『コソボ 苦闘する親米国家』(集英社インターナショナル)が2023年1月26日に刊行された。

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