イニエスタが5年間で神戸に残したもの 「バルサ化」の夢ではなく「勝者の啓発」だった (2ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 藤田真郷●撮影 photo by Fujita Masato

【日本サッカー界に示したもの】

 イニエスタの"勝者の啓発"は大きかった。

 2019年シーズンには早くも成果が出る。天皇杯で優勝。クラブ史上初のタイトルとなった。それによってACL出場権も手に入れた。1年半で、強さの土台ができたのだ。

 2020年シーズンにはスーパーカップで横浜F・マリノスと激闘を演じ、3-3からPKでしぶとく勝利している。PK戦のトップで蹴ったのはイニエスタで、見事に決めた。たて続けにタイトルを獲得した。

 常勝精神の真骨頂は、アジア制覇を目指したACLの戦いで出た。イニエスタの体調は最低だったが、強行出場で決勝トーナメントに導いている。さらにベスト8に進むゴールも記録。準々決勝ではケガを押して出場し、PK戦でキッカーを務め、ベスト4躍進の立役者になった。鬼気迫る勝利への執念がチームを奮い立たせた。

 その後、全治4カ月と診断される重傷は代償だろう。

 しかし、イニエスタは蘇った。2021年シーズン、序盤はケガで不在ながら、復帰後は大車輪の活躍で、クラブ史上最高順位の3位に押し上げた。イニエスタ自身、2度目のベストイレブンにも選ばれている。

 日本サッカー全体に、イニエスタは本物の価値を示した。棒切れのような足で、細身の体にもかかわらず、わずかなタイミングのずれと圧倒的ボール技術で、簡単に相手と入れ替わる。キックひとつも幻術のようで、最後の瞬間までキャンセルできるだけに、守る側は軌道が読めない。試合のたび、サッカーの奥深さを表現した。掛け値なしにJリーグ史上最高の選手だった。

 ひとりイニエスタの影響を受けた選手の名前を挙げるとするなら、2018年から3シーズン半をともに過ごした日本代表FW古橋亨梧になるか。

 古橋はもともとスプリント力が際立っていたが、高いレベルでプレーする経験が乏しく、荒削りだった。それがイニエスタからパスを受け取ることで、最上のタイミングを体に染み込ませた。サミュエル・エトー、ダビド・ビジャ、フェルナンド・トーレスといった名だたるストライカーから「最高のパサー」と言われたイニエスタからのレッスンは極上だった。

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