中村憲剛と佐藤寿人が痛感する、スタイル継承の難しさ「オシムさんのサッカーはオシムさんじゃないとできなかった」 (3ページ目)

  • 原山裕平●取材・文 text by Harayama Yuhei
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

 だったら、それ以上に点を取ればいいわけですけど、攻撃陣にもケガ人が多いので、なかなか川崎らしさを発揮できていない。チャンスは作れているけど、やっぱり最後のところは個の力になるので、勝利に直結する、結果に直結するところでは、なかなかプラスに持っていける材料が現状は少ないのかなと感じます。

 もちろん、全員がいい状態であれば、また結果は変わってくるとは思いますが......。

憲剛 なるほど。

寿人 あとは補強の部分ですね。そこがちょっとうまくいかなかったのかなと。スペシャルな選手が抜けたのなら、スペシャルな選手を取らないといけなかったのかなと。

憲剛 (谷口)彰悟の移籍はいろいろな意味でかなり大きい印象ですね。

寿人 世代交代で出られなくなって移籍したわけじゃなくて、結果を出してきたキャプテンが移籍してしまったわけで。

憲剛 でも、その結果として高井(幸大/18歳)が出てきたからね。

── チームとしての過渡期でもあるんでしょうね。

憲剛 難しいんですよね。彰悟がいたら高井にここまでの出場機会は生まれなかったし、チーム内で立ち位置を築けなかったかもしれないし、U-20代表にも選ばれなかったかもしれない。

── 世代交代も、結果を出し続けるためには重要なテーマですよね。

憲剛 世代交代の時期は、どのクラブにも来ると思います。経験のある選手が集まった強いチームは、次世代への継承をうまくやらないと強さを保つことはできなくなる。

 僕が学生の時に見ていたジェビロ磐田は、とても強烈なチームでした。攻撃を司る名波(浩)さんや(藤田)俊哉さん、奥大介さん、それを支える福西(崇史)さんや服部(年宏)さん、田中誠さんや鈴木秀人さんがいたから、うしろも盤石で。そして前線にはゴンさん(中山雅史)とタカさん(高原直泰)がいたから、どこからでも得点が取れた。

 本当に強かったですよね。そんな強かったジェビロでも、あの時代は長く続きませんでした。結果論になってしまうのですが。チームのスタイルというよりも属人的なものだったと振り返られてしまう。

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