17歳の遠藤航を反町康治はどう育てたのか?「デュエルの強さは、俺が教えたものではない」 (2ページ目)

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Totsuka Kei

【航は実戦を通じて学んでいく力がある】

「その年の5月のリーグカップで初めて使って、リーグ戦では9月の川崎フロンターレ戦が初めてだった。どちらの試合も前半で交代させている」

 3つのJクラブと北京五輪代表を指揮した反町にとって、ハーフタイムの選手交代は例外的と言っていいものだ。前半のパフォーマンスが物足りない選手にも課題を与え、後半10分ほどまで見てから判断していた。

「それでもハーフタイムに代えたというのは、理由があったんだよね。フロンターレ戦はボランチで使ったんだけど、アクションとリアクションのスピードは向こうのほうが上だったかな。シンキングスピードはあったかもしれないけど、その時はまだ経験値もほとんどないし、サッカーIQがまだまだ高くなかったから」

 2010年の湘南は4-3-3を基本布陣としつつ、3-4-2-1でも戦った。アウェーゲームの遠征時は学生服で移動する遠藤を、反町は4-3-3のアンカー、3バックの中央、4バックのCBで起用した。

「最初は中盤で使っているんだけど、4枚のCBのひとりだと経験値も高くないし、シンキングスピードやランニングスピードに慣れていないから、いきなりCBはちょっと厳しいかなという判断だった。

 ただ、ビルドアップで持ち出す、相手を見ていいところへボールを置く、縦パスをズバッと通すといった攻撃的な部分は、見るべきものがあったよね。3バックのひとりなら、スッと持ち出せてルックアップできる。チーム状況との兼ね合いというのはもちろんあったんだけど、航をうしろで使うのは、うしろからビルドアップをしたいというメッセージでもあったかな」

 2010年のJ1で6試合出場1得点の成績を残すと、2011年はJ2で再出発を図るチームで34試合に出場する。プレータイムはフィールドプレーヤーで3番目に長かった。

「遠藤航という選手は、実戦を通じて学んでいく力がある。ものすごくスピードがあるとか、長身であるとか、足もとの技術が際立っている、とかいうわけではない。ただ、試合を重ねることで、サッカーIQをどんどん上げていったと思う」

2 / 4

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る