高校、大学までは無名だったのに...。プロになって大成した選手ベスト5 (3ページ目)

photo by Sano Mikiphoto by Sano Miki第3位:中村憲剛

text by Asada Masaki

 中村憲剛がJリーグで大きな成功を手にした選手であるのは間違いないとして、それ以前の彼は本当に無名の選手だったのか。まずは、そこを改めて考えてみる必要がある。

 出身高校は、都立久留米高(現・都立東久留米総合高)。全国大会常連校ではないにしても、選手権の出場経験もあり、少なくとも弱小校ではなかった。無名を後押しするには、少々弱い材料かもしれない。

 大学は中央大。言わずと知れた、関東大学リーグの名門だ。そこではキャプテンも務めている。結果的に4年時は2部でプレーすることにはなったが、3年以前には1部、すなわち、大学サッカーの最高峰リーグでプレーしている。こうなると、学生時代の中村を無名に分類していいのかは疑わしい。

 ではなぜ、中村の歩みが一般的に「無名からのサクセスストーリー」として語られるのか。それは彼が、代表や選抜チームと縁遠かったことに最大の理由があるのだろう。

 事実、中村に年代別日本代表の経験はない。高校時代は東京都選抜にすら選ばれておらず、大学に進んでからも、ユニバーシアード代表はおろか、関東選抜にも選ばれたことがない。学生時代の中村は、おそらくプロ予備軍のひとりには数えられていなかった。

 そんな選手が、のちにA代表に定着し、2010年南アフリカW杯にも出場。川崎フロンターレではクラブ史に残るレジェンドとなったのだから、そのギャップたるやJリーグ史上に残る"大記録"だろう。プロ入り後に成し遂げたことの大きさが、彼の"無名だった感"を一層強調する材料となっていることは間違いない。

 まだ川崎がJ2だった2004年、天皇杯で鹿島アントラーズと対戦し、プロ2年目の中村が、「黄金世代」のひとり(小笠原満男)と初めてプレーできたことを喜んでいたのが懐かしい。

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