ありがとう。GK山郷のぞみの残した「なでしこ精神」

  • 早草紀子●取材・文・写真 text&photo by Hayakusa Noriko

 今でも忘れられない山郷の姿がある。北京オリンピックメンバーから落選した直後の合宿での姿だ。バックアップメンバーの彼女もその合宿に参加していた。周りは未だ山郷落選のショックから立ち直ってはいなかった。そんな中、進んで行った合宿。そこには必死に気持ちを切り替えようと、黙々と練習する山郷がいた。その背中が今でも忘れられない。一度、山郷はここで引退を考えている。それを押しとどめたのは、あの合宿で見送った仲間たちの北京での戦いだった。

「もう一度あのピッチにみんなと立ちたいと思わせてくれる戦いの数々だった」と山郷も振り返っている北京オリンピックで、なでしこジャパンは世界大会で初の4位入賞を果たした。

 そして、再び山郷はなでしこのピッチに戻ってくる。一度は去ろうとした場所に戻るため、「一度キャリアを思い切って捨てることにした。重ねてきた経験が変に邪魔してる気がした」と決意してから、その信念はピッチを去る瞬間まで揺らぐことはなかった。

 2011年、ドイツW杯でついに世界一にまでのぼりつめた。壁を突き破った山郷は、繊細さと豪快さ、優しさと厳しさを持つ守護神へと成長していた。その背を追ってきた福元美穂、海堀あゆみら後輩GKらはもちろん、同じピッチに立つフィールドプレイヤーまでもが無限のリスペクトを抱くまでの存在になった。はた目にも試練の多い道に見えた山郷のサッカー人生。理屈ではない。彼女の生き様がストレートに選手たちの心に響いているのだろう。
 
「山郷!山郷!」

 最後の挨拶を終えたとき、エルフェンのサポーターだけでなく、伊賀のサポーターからもコールが響く。スタンドからは惜しみない拍手が沸き起こった。「ごめんなさい」と号泣するチームメイトの薊理絵(あざみ りえ)の頭をなでる山郷の目には涙が浮かんでいた。

「サッカー人生に悔いはないけど、最後のゴールキーピングには後悔がある。私もまだまだだな(笑)」とスッキリとした表情を見せた山郷。“お疲れさま”という想いも大きく膨らむが、新たな道へ踏み出す彼女を、やっぱりこの言葉で送り出したいと思う――「ありがとう」。

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