「高校生がこんな速い球、打てるわけないだろ!」作新学院・江川卓のストレートに相手チームは戦意喪失 ノーヒット・ノーランを喫した (2ページ目)

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

 威風堂々とした182センチの身体が投球動作に入る。左足が美しい弧を描くように舞い上がり、右足の踵は伸び上がる。モダンバレエのような躍動感溢れるダイナミックかつ華麗なフォームに観客は固唾を飲んで見入った。

「ストラ〜イク!」

 渾身のストレートが、すさまじいスピンでキャッチャーミットを突き破らんかのように飛び込む。試合前に、監督から「いけるところまでいってみろ!」と言われたのが頭をよぎる。一球投げるごとに、監督の言葉が頭のなかでこだまする。エンジンをフルスロットルにする。

「ストラ〜イク、バッターアウト」

 バッターが代わるごとに審判の三振コールが復唱され、4回を終わって9奪三振。いつにないハイペースである。

 ただ内野にゴロが飛ぶたびに、守備の動きがぎこちない。

「おいおい? 大丈夫かな......」

 いつもひょうひょうとしている江川でも内野陣の様子がおかしいことに気がついた。絶対打球を後ろにそらさないようにと身体全体で受け止める捕球体勢だ。

「ひょっとしたらみんな、完全試合を達成させようとしているのか。俺のために......」

 いままでマウンド上で感じたことは、「孤独」の2文字しかなかった。小高いマウンドで、誰よりも目立ち、誰よりも孤独感を味わう場所だと認識してきた。それが今、初めて野手陣の気持ちが伝わった。「よし!」あらためて気合が入った。

 それまでどれだけ三振をとろうと、どれだけノーヒット・ノーランをやろうと、孤独感を埋めることはできなかった。自分の力でやったんだという自尊心だけが大きくなっていく。喜びも自分ひとりで噛みしめていた。

 前年秋の関東大会の前橋工業戦、5回途中デッドボールで退場し悔しかったものの、10連続三振という記録でどこかでちょっぴり満足していたもうひとりの自分がいたのもたしかだ。野球は9人でやるものだが、甲子園はひとりの力でも行ける。本気でそう思っていた。でも今は違う。雨に滴りながらふと思った。

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