江川卓「怪物伝説」の始まり 作新学院入学直後に竹バットで柵越え連発 「中学を出たての1年生があそこまで飛ばせるのは...」 (4ページ目)

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

 そして27人目の打者は、第103球目真ん中高め、明らかにボール気味だが球威に圧され空振り三振。江川は申し訳ない程度に笑みを浮かべ、うつむきながらマウンドを降りた。

 作新ナインは栃木県史上初の完全試合達成の歓喜を味わうのではなく、球場の異様な雰囲気からすぐにでも逃げ出したかった。ただ1年生ピッチャーだけは、何事もなかったように報道陣に囲まれインタビューに答えていた。

 3年生でライトを守っていた烏山高の神長富志夫によると、県内版だけでなく全国版にまでこの完全試合の報道が掲載され、言い知れぬショックを受けたという。

「今でもショックですね。3年の夏といったら、たいてい終わるとある種の満足感や安堵感があるものだけど、僕たちは完全試合という不名誉な記録で終わってしまったんです。応援してくれた人たちに悪くて、球場からバスじゃなく歩いて帰らなければいけないとさえ思いました」

 この年の烏山ナインに満足感などない。あるのは敗北感、挫折感だけ。作新対烏山戦の試合がまるで大罪を犯したかのような生き恥に感じ、50年経っても一生悔やんでも悔やみきれないでいる。

【1回二死から10連続三振】

 そして江川伝説で必ず語られるのが、1年秋の関東大会1回戦の前橋工業戦での10連続三振だ。

 初回から見事な投球を披露した試合で、1回二死から4回終了まで10連続三振を奪う。これだけでも驚くべきことなのに、その内容がまた圧巻である。空振りとスリーバント失敗が1個ずつで、あとの8個は全部見逃し三振。江川も10連続三振のうち8個が見逃し三振に驚いた様子だった。

「見送り三振が多いというのはどういうことでしょうね。自分の記憶のなかでは、低めのボールが浮き上がったという印象があった試合でした。前橋工業は低めの球をボールだと思って振らなかったんでしょうね」

 2番ショートの狩野学は思い返しても"すごい"の一言しか出ないほど、この試合の江川のピッングには驚嘆した。

「初回、1番打者がピッチャーの動きを探るためにバントの構えをしたら、偶然当たってピッチャーゴロ。セフティーバントでもなんでもないですよ。どれだけ球が伸びてるんだって話ですよ。そして私がフォアボールで、その次から10連続三振です。2打席目は私も三振ですから。ベンチでみんな、球が見えない、当たらないって言っていました」

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