大引啓次がプロ野球選手として体験したお金のリアル 年俸の理想的な上がり方と下がり方 (2ページ目)

  • 元永知宏●文 text by Motonaga Tomohiro

── プロ1年目の2007年開幕戦、スターティングラインナップに名を連ね、新人にとって難しいとされるショートのポジションを1年間守り抜きました。126試合に出場し、規定打席には2だけ足りなかったものの、打率.274という好成績を残しました。

大引 プロに入ってから思ったのは、「一軍の選手はあまりお金を使う機会がないな」ということです。球場までの行き帰りのガソリン代くらい。遠征に行けば、ホテルで食事が出るし、外食する時には先輩が払ってくれることも多い。だから、普通にしておけば勝手に貯まっていきます。

 二軍の選手は練習が夕方に終わるので時間を持て余して、遊びに行くことが多いようですね。口に出したことはありませんが、「遊びに行く時間があったらバットを振れよ」と思っていました。プロ野球は、頑張れば年俸が2倍にも3倍にもなる世界です。そんな仕事はほかにはあまりありません。

── 大引さんの年俸は1200万円から2800万円に上がりました。2008年は88試合に出場して打率.258という成績で2800万円から3100万円に。2009年は打率.278(107試合出場)で3100万円から4500万円になり、2010年のシーズンオフには年俸が5000万円を超えました(5800万円)。

大引 私は大卒なので2年で寮を出ないといけなかったんですけど、「どれだけ金を貯めるんや」と言われても、4年間バファローズの寮にいました。食事は好きなだけ食べられるし、練習の環境も整っています。24時間お風呂にも入れます。やろうと思えば、いつでも、いくらでも練習できます。年俸が低い育成契約の選手でも、生活する分には支障はありません。日本のファームの設備、システムはすばらしいですよ。逆に、恵まれ過ぎているのかもしれません。

── プロ5年目の2011年は127試合に出場して、初めて規定打席に到達しました(打率.244)。つなぎ役に徹して、自己最多の42犠打を記録しています。翌年も110試合に出場しています(打率.224)。

大引 プロ入り後、早い段階から年俸が上がり、それなりに裕福な生活をさせていただきました。プロ野球選手としては理想的な年俸の上がり方、保ち方だったかもしれません。1年だけたくさんもらっても、税金を考えれば手元にはあまり残りませんから。

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