「33-4」が話題となった2005年の日本シリーズ 元ロッテの清水直行が明かす「阪神にとって少し不利だった」と思うこと (2ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo
  • photo by Sankei Visual

【「お祭りを楽しむような気持ち」で日本シリーズへ】

――チーム得点(740点)、チーム打率(.282)、チーム出塁率(.347)、チーム盗塁数(101個)などはリーグトップ。打ち出すととまらない打線でビッグイニングもよく作っていました。

清水 投手目線からしても、先制点を取られてもすぐに打線が逆転してくれる雰囲気がありました。早い回に点を取ってくれることも多かったですし、少なくとも3、4点は取ってくれるだろうと。なので、「1点も取られたらいけない。打たれちゃダメだ」といったプレッシャーを、必要以上に感じることもありませんでした。

――プレーオフ第2ステージのソフトバンク戦は最終戦の第5戦までもつれ、日本シリーズまで中4日しかありませんでしたね。

清水 そうですね。逆に当時のセ・リーグにはプレーオフがなく、阪神はリーグ優勝を決めてから日本シリーズまで約3週間空きました。日程が詰まっているのも大変ですが、その期間の過ごし方は難しかったでしょうし、阪神にとっては少し不利だったと思います。

――ロッテはプレーオフで勝った勢いそのままに、日本シリーズに臨めた?

清水 チームの勢いは、小林雅さんがやられた時に1度止まっていますけどね(プレーオフ第3戦、4点リードの9回に小林雅が登板するも土壇場で追いつかれ、延長10回にサヨナラ負け)。

 第1ステージは千葉マリンスタジアム(現ZOZOマリンスタジアム)で西武と戦い、大輔(松坂大輔)と西口(文也)さんに勝って福岡ヤフードーム(現福岡PayPayドーム)に乗り込んだ。そして杉内(俊哉)と斉藤(和巳)を相手に連勝して、リーグ優勝に王手をかけて「あとひとつ勝てば」という試合で、4点差をひっくり返されて負けてしまったんです。

 ソフトバンクを勢いづかせてしまって第4戦も負け、結局は第5戦まで戦うことになった。ただ、苦しいプレーオフを勝ちきったことでまたいい雰囲気になりましたし、すんなりと第3戦で優勝を決めて日本シリーズまでの期間が長くなっていたら、チームの勢いは少し違っていたかもしれません。

――結果的に、中4日で日本シリーズに臨めたのが功を奏したということでしょうか?

清水 プレーオフは非常にハードな試合が続きましたから、それを勝った熱量は中4日では衰えず、お祭りを楽しむような気持ちで日本シリーズに臨めました。しかも31年ぶりの日本シリーズが本拠地からスタートでしたし、プレッシャーはなかったです。

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