「磨けば光るダイヤモンドをどぶに捨てるのか」選手兼監督・江藤慎一はフロントに抗議をしてまでプロ3年目の真弓明信を使い続けた (4ページ目)

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko
  • photo by 共同

 江藤はこの年、9月6日の藤井寺球場での近鉄戦で9回表に柳田豊からライト線への二塁打を放ち、2000本安打を達成した。プロ野球の歴史のなかで9人目という快挙であったが、今と違い、セレモニーもなくメディアの扱いもベタ記事でしかなかった。試合後、江藤本人も「記録よりも勝てばチームは5割だった。勝ちたかった」という監督としての立場にウエイトを置いたコメントを出している。自身の偉業達成よりもチームのことを考えていた証左であろう。

 選手としての名球会入り、監督として3人のタイトルホルダーの輩出と球団史上最高位の3位。成し遂げた結果は小さくなかったが、江藤は監督を解任される形で、またも1年でチームを追われた。

 予算のないチームにも関わらず、個人成績が上がり、選手の年俸が高騰したことを快く思わなかった球団幹部に疎まれたとも言われているが、シーズン終了後、太平洋のフロントは大リーグのドジャース、ジャイアンツ、カブス、アストロズで指揮を執り、ワールドシリーズを制したこともある名将、レオ・ドローチャーの招聘を華々しく打ち上げたのである。江藤はバッティングコーチとの兼任を打診されたが、これを固辞して現役一本での続行を望んだ。

 結果的にドローチャーは健康上の理由で来日をせずヘッドコーチの鬼頭政一が監督に就いたことを考えると不可思議な交代劇であった。真弓はこう振り返る。

「僕は本当のチーム事情とかわからないんですけど、ただ、その前は万年最下位みたいなチームが3位になって、やっぱり、何で監督が代わるのという疑問は出ていたと思いますよ。成績を残した監督を辞めさす理由づけにドローチャーっていう名前を出したんじゃないかとさえ思うんです。いくら大リーグの名将でももう70歳を超えていましたしね。僕はライオンズに6年在籍してタイガースに移籍しましたが、人間形成からすると、ライオンズの時にすべて教えてもらったと思っています。1年目の稲尾さん、そして2代目の江藤さん。環境は厳しかったですけれど、そこに自分の原点はありますね」

 首位打者を3回獲得し、2000本安打を達成したプレーイングマネージャーは再び、ロッテに現役の道を求めて移籍した。ロッテの監督は金田正一で、ベテランに対しても容赦ないランニングのノルマが課せられていた。金田は経験のある選手を受け入れてチームに好影響を与えることを期待する傾向があり、1978年には野村克也を南海から獲得している。

 有藤通世はこう回想する。「江藤さんも野村さんも大ベテランの域でしたが、容赦なく金田さん名物のハードな練習の洗礼を受けていましたよ。それこそ、壊れてしまうんじゃないかというくらい負荷のかかったものでした」

 それでも38歳の江藤はこれをやり遂げ、13キロの減量に成功した。減量の甲斐もあってシーズンが開幕すると、4月から試合を決めるホームランを量産してチームの勝利に貢献した。5月も好調を維持したが、6月に太腿の古傷を再発させてしまう。治りは遅く、ここから、試合の出場機会が途絶えていった。

 8月、中学2年生の娘の孝子がホームステイ先の米国アリゾナから帰国すると、江藤が羽田空港に迎えに来ていた。「それこそ、ロッテのアリゾナキャンプの縁でつながったステイ先に行かせてもらっていたのですが、父がシーズン中なのに空港に来てくれていたので、驚いたんですよ。そうしたら......」江藤は到着ゲートから駐車場に向かう道すがら、「パパはもう今年で野球を辞めることにした」と告げた。孝子は楽しかったアリゾナでの思い出を瞬時に忘れてしまうような寂しさに襲われた。

 江藤はこうして、18年の現役生活を終えた。熊本から出て来て以来、家族の生活を支え続けてきたバットを静かに置いたのである。

(つづく)

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『江藤慎一とその時代 早すぎたスラッガー』
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プロフィール

  • 木村元彦

    木村元彦 (きむら・ゆきひこ)

    ジャーナリスト。ノンフィクションライター。愛知県出身。アジア、東欧などの民族問題を中心に取材・執筆活動を展開。『オシムの言葉』(集英社)は2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞し、40万部のベストセラーになった。ほかに『争うは本意ならねど』(集英社)、『徳は孤ならず』(小学館)など著書多数。ランコ・ポポヴィッチの半生を描いた『コソボ 苦闘する親米国家』(集英社インターナショナル)が2023年1月26日に刊行された。

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