オリックス宇田川優希は育成から侍ジャパンへの大出世。覚醒請負人・中垣征一郎が明かす「衝撃の157キロと弾丸フォーク誕生秘話」 (2ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Sankei Visual

── その時点で育成選手だった宇田川投手を7月末の期限ギリギリで支配下登録に、8月には一軍に送り込みました。彼のどんなところに可能性を感じていたんでしょう。

「その時点でのフィジカルの最大値が高かったということがあります。そういう選手は噛み合わせさえうまくいけば、一気に階段を上る可能性があります。体力×技術=スポーツパフォーマンスの内因というふうに考えると、その内因には心だったり知性だったり、いろんなことが含まれるんですが、僕らが直接、具体的に携われるのは体力×技術です。となれば、体力がすでに備わっている選手は技術の噛み合わせに集中して働きかけることができます」

── どんな技術の噛み合わせを働きかけたんですか。

「そもそも宇田川はフレーム(体格)がいい。背も高くて、しっかりとした骨格をしています。でも、技術を磨くのがそんなに上手なタイプではないんです。投球動作の場合は力づくでねじ伏せることで、本来はできていないことを何となくできている格好に持っていけてしまう。でもそれでは正しい投球動作は長続きしないし、故障につながるリスクもあります」

── 宇田川投手はそういうタイプだったと......。

「彼には技術的な問題がありました。投球動作そのものに問題があって、全力で投げてコンスタントにストライクゾーンにまとまってくるところまでたどり着くとはとても思えなかった。それが僕のなかでパッと色が変わったんです。あれは6月の中旬だったかな......入来(祐作)コーチが『宇田川は何かをはき違えているような気がするんです』と僕のところへ言いに来てくれました。

 入来というのはとにかくいろいろと話をしようとするコーチで、それはもう、しつこいくらい(笑)。その入来が宇田川とよく話をしていたようで、僕に『中垣さんが伝えようとしていることを、アイツはちゃんと理解していないんじゃないか』と言ってくれたんです。そうなのかなと思って、宇田川ともう一度、話をすることにしました」

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