広澤克実が驚愕した「これぞ魔球」10選。「顔付近に来たボールが外角に決まるなんて...打てるわけない」 (2ページ目)

  • 水道博●文 text by Suido Hiroshi
  • photo by Koike Yoshihiro

【伊藤智仁の高速スライダー】

 伊藤智仁(ヤクルト)と対決した打者なら、誰もが彼の"スライダー"を挙げるのではないだろうか。よく「伝説の高速スライダー」と称されていたが、当時の記者によれば、伊藤の電光掲示板の球速表示はストレートが150キロ、スライダーが130キロだったそうだ。だが、打者は球速表示以上に速く感じていたのではないだろうか。

 伊藤のスライダーは右打者の背中にいったん抜ける。そこから外角低めまで横滑りしながら曲がる。「あんなに曲がるわけがない」と、他球団から不正投球ではないかと疑われたほどだ。

 ルーキーイヤーの1993年は、14試合の登板で7勝ながら、防御率0.91や1試合16奪三振など強烈なインパクトを残して新人王を獲得。ただ、あれだけのスライダーを投げるには、体に相当な負担をかけていたのだろう。残念ながら、投手寿命は短かった。

 今後、多くの投手が160キロを投げる時代が到来しようとも、伊藤のようなスライダーを投げる投手は出現しないだろう。まさしく伝説のスライダーだった。

【グライシンガーのチェンジアップ】

 それまでチェンジアップを投げる左投手はいたが、右投手でこのボールを扱う投手は少なかった。そんななか、右投手のチェンジアップの有効性を日本球界に知らしめたのが、セス・グライシンガーだ。

 グライシンガー(ヤクルトなど)は2007年にヤクルトで、2008年は巨人で2年連続最多勝に輝いた。ノーワインドアップからちぎっては投げ、ちぎっては投げのスタイルで、回を増すごとにストレートのスピードは増し、決め球としてチェンジアップを投げてくる。

 チェンジアップとはストレートと同じ腕の振りから、打者のタイミングを外して沈む変化球だ。投手によって変化量はさまざまだが、グライシンガーのチェンジアップはとにかくよく落ちた。

 当時、私は阪神の打撃コーチを務めていたこともあり、対策に躍起になった。金本知憲、桧山進次郎、今岡誠らに「チェンジアップは狙っても打てないのか?」と聞いたことがあった。すると「難しいです。打撃投手の投げる緩い球を狙うタイミングで打てばなんとかなるかもしれませんが、ほかの球が来たらお手上げです」と返してきた。

 グライシンガーはチェンジアップのほかに、150キロを超すストレート、カットボールがあった。チェンジアップだけを張っていれば攻略できるかもしれないが、ストレート、カットボールの精度も高く、どの球も一級品だった。だから、ひとつの球種に絞ることができない。海外からの"黒船来航"を思わせるセンセーショナルな右投手のチェンジアップだった。

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