野茂英雄の「珍記録」完投勝利、高校野球での執念の2スイング......。ベテラン実況アナが仕事中に見入った試合ベスト5 (4ページ目)

  • Text by Sportiva

【2位】2010年代 全国高校野球埼玉大会 浦和学院高校vsA校

 まず、この話はさまざまな意見をいただくことになるかもしれないので、対象となる高校の名前は伏せさせていただきます。

 そのA校は、県内では実力があるチームではあるものの、浦和学院は"東の横綱"とも称される全国屈指の名門校。浦和学院の有利が予想される一戦を実況したんですが、そこで思わぬ光景を目にしたんです。

 試合前のオーダー用紙の交換と先攻・後攻を決めるじゃんけんを見ていた時に、A校のメンバーのなかに、左腕に添え木をして布で釣っている選手がいて。私も「折れているんじゃないか?」と違和感を抱かざるを得ませんでした(笑)。

 高校野球の地方大会では、各野球部の関係者が放送席に来て解説をする形になることもあります。その試合もA校の関係者の方がいらっしゃったので試合前に事情を聞いたところ、本来は外野のレギュラーの選手だったのが、「直前の練習でスライディングキャッチをした際に、地面に手を引っかけて折ってしまった。でも、2回だけスイングできるように練習してきました」と言うんですよ。

 その選手は骨折を隠して「試合では外します」と説明したようで、試合はスタートしました。そして浦和学院のリードで進んだ終盤、ベンチに控えていたその選手が代打で登場。当然、もう腕は釣っていませんから、相手の浦和学院バッテリーからすれば「A校の代打の1番手が出てきて流れを変えにきた」と思ったでしょうね。

 注目の1球目はフルスイングの空振り。2球目もフルスイングしてファールになり追い込まれました。事前に聞いていた「2回だけのスイング」はその時点で終了。「これで終わりかな」と思っていたら、スイングの迫力にバッテリーが警戒したのか、そこからフォアボールを勝ち取ったんです。

 それによるベンチや観客席の盛り上がり方はすごかったです。明らかに空気が変わったんですよ。試合は結局、浦和学院が勝利するんですが、ワンサイドゲームの様相だったのがすごく競ったいい試合になりました。負傷していた選手がチームにもたらした"力"に鳥肌が立ちましたね。

 あまりに印象的だったので、約半年後、私は出演したラジオ番組でその時の話をしました。そうしたら、その放送が選手のご両親の耳にも入ったらしく、翌年に私がある試合を実況する時に放送室を訪ねてきてくれて「息子のことを話していただき、ありがとうございました」と伝えてくれたんです。

 本人も、その試合にかけていたようですね。嬉しかったのは、ケガを治して大学でも野球を続けていることがわかったことです。野球を嫌いにならず続けていたと知って、思わず目頭が熱くなりました。

 決して美談として語りたいつもりではなく、監督や、私も含めた周囲の人間が出場を止めるという判断が必要だったというご意見もあるでしょう。選手たちの試合にかける思い、生徒でもある選手の未来を見据えた判断の必要性をあらためて考える試合でもありましたが、そんな選手が生み出した力の大きさにただただ驚かされました。

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