2015.06.21

【根本陸夫伝】
王貞治を「ラーメン屋のせがれ」と言い放った男

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

【人物紹介】
根本陸夫...1926年11月20日、茨城県生まれ。52年に近鉄に入団し、57年に現役を引退。引退後は同球団のスカウト、コーチとして活躍し、68年には広島の監督を務める。監督就任1年目に球団初のAクラス入りを果たすが、72年に成績不振により退団。その後、クラウンライター(のちの西武)、ダイエー(現・ソフトバンク)で監督、そして事実GMとしてチームを強化。ドラフトやトレードで辣腕をふるい、「球界の寝業師」の異名をとった。1999年 4月30日、心筋梗塞により72歳で死去した。

森脇浩司...1960年8月6日、兵庫県生まれ。社高から78年のドラフトで近鉄から2位指名を受け入団。84年にトレードで広島に移籍。その後、87年シーズン途中に金銭トレードで南海に移籍。内野のユーティリティプレイヤーとして活躍した。96年に現役を引退し、翌年からホークスのコーチに就任。その後も二軍監督、一軍コーチなどを歴任した。11年に巨人の二軍内野守備・走塁コーチとなり、翌年からオリックスの内野守備・走塁コーチに就任。13年シーズンからオリックスの指揮を執り、14年はソフトバンクと最後まで優勝を争った。だが今シーズン、開幕から低迷し、6月2日の試合前に成績不振を理由に休養を発表した。

秋山幸二...1962年4月6日、熊本県生まれ。八代高から80年にドラフト外で西武に入団。2年目の82年にイースタンリーグの本塁打王を獲得。翌年から野球留学でアメリカに渡るなど英才教育を受ける。85年にレギュラーを獲得し、この年40本塁打をマーク。その後も西武の主軸として黄金期を支えた。94 年にトレードでダイエー(現・ソフトバンク)に移籍。2000年に通算2000本安打を達成した。02年に現役を引退。その後、ソフトバンクのコーチ、二軍監督を務め、09年から一軍監督に就任。11年、14年と2度の日本一に輝いた。通算成績は2157安打、437本 塁打、1312打点。

王貞治...1940年5月20日、東京都生まれ。59年に早稲田実高から巨人に入団。62年に荒川博コーチの指導で一本足打法に取り組み、64年に日本記録(当時)となるシーズン55本塁打を達成。73、74年には2年連続三冠王を達成し、77年には世界記録となる通算756本塁打を放つ。80年に現役を引退。通算成績は2786安打、868本塁打(世界一)、2170打点。引退後は巨人、ソフトバンクで監督と務め、2006年には第1回WBCの日本代表の 監督として世界一に輝いた。現在はソフトバンクホークス会長。

工藤公康...1963年5月5日、愛知県生まれ。名古屋電気高(現・愛工大名電)時代の3年夏に甲子園に出場し、2回戦の長崎西高戦で史上18人目のノーヒット・ノーランを達成。81年ドラフトで西武が6位で指名し入団。1年目から登板し、85年には最優秀防御率のタイトルを獲得。西武のエースとして一時代を築き、94年オフにFAでダイエー(現・ソフトバンク)に移籍。その後も巨人、横浜(現・横浜DeNA)でプレイし、2010年に西武に復帰。しかし、1年で戦力外通告を受け退団。その後、解説者を経て、今シーズンよりソフトバンクの監督に就任した。通算635試合に登板し、224勝 142敗3S。

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