68歳の打撃投手。ロッテ・池田重喜の裏方人生 (3ページ目)

  • 高森勇旗●文・写真 text&photo by Takamori Yuki

 一流選手が持つ“間”。これをつかんだ典型的な例が、かつてロッテでプレイしていた西岡剛(現・阪神)だという。

「西岡なんて、入ってきた時はそこまでの選手じゃなかったんです。それが一軍の試合に出るようになって何年か経った時、調整のために二軍の練習に来てね。そこで久しぶりに投げたんだけど、別人かと思うぐらい“間”が取れるようになっていて、本当にびっくりしましたよ。一軍のピッチャーのボールを打つには、しっかり間が取れないと対応できないことを、厳しい戦いの中で自分のモノにしていったんだろうね」

 寮の応接室に社会人野球時代のスコアブックや当時の資料を広げ、楽しそうに思い出を振り返る池田。あり得ないほど日焼けした紙、綺麗な字で書き残されている資料。1988年に生まれた私からすると、登場人物のほとんどが分からなかったが、とにかく楽しそうに語るその姿に、生きてきた年月と、懐かしさに似た安心感を覚える。いつの間にか私は、おじいちゃんの家に遊びにきた孫のようになっていた。話しているだけで、妙に落ち着く。この空間、雰囲気はなんだろう。それもそのはず、この寮は15年間寮長として過ごしてきた、いわば池田の家である。家に遊びにきたという感覚も、あながち間違いではない。

 池田のもうひとつの顔、それが寮長として選手たちの教育係であることだ。これまで数多くの選手たちがこの寮から巣立っていった。

「まず、最初に言うことはいつも一緒。入寮してきた時に、選手と親の前で『今までは“野球”だったけど、これからは“商売”になるんだぞ。君たちは商売をしなきゃいけないんだ。楽しいことなんてひとつもないぞ。これからは地獄の日々だ。夢は寝てから見ればいい。苦しい現実と向き合っていくんだよ』と言って、明日から始まる日々がどれだけ厳しい世界かということを教えます。これは大げさな話じゃないんですよ。隣にいるヤツも全員がライバル。これからは野球で稼いでいかなきゃ生きていけないんですから」

 さらに池田は続けた。

「僕が寮の選手たちに一貫して言い続けていることは、『人に好かれなくてもいい。その代わり、嫌われるな』ということ。好かれるというのは、時に媚(こび)を売らなきゃいけない時もある。そんなことしている時間があったら練習をしなさい、と。ただ、嫌われてはいけないんです。挨拶をする、時間に遅れない、約束を守る……人間としてやるべきことをちゃんとやっていれば、嫌われることはない。そうすれば自分が活躍した時にみんな味方になってくれる。そしてもうひとつ選手たちに言うのは、『3億円貯金しなさい』ということ。3億円あれば、月50万円の生活を50年間送ることができる。3億円というのはものすごい額かもしれないけど、この世界にいれば不可能な数字じゃないんです。頑張れば届くんです。だから、『パチンコなんか行っている場合じゃない』って常々言っているよ」

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