がん闘病中のダルビッシュ賢太が今、病床から訴えたいこと「たぶん、俺、病気してよかったんです」 (3ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by Darvish Kenta

 1クールが終わってから、10日か2週間くらい空けて次のクールに進むんですが、この間が一番怖いですね。1回始まると、もう受け入れるよって覚悟も決まるんですが、クールとクールの間っていうのは、怖いですね。

『3クール目も必要』と先生に言われた時、僕は母を溺愛しているので母に相談したら、『頑張ってほしいなんて言えない。でも賢太が頑張るんやったら、それを応援するだけ』って言ってくれて。それで僕はやるよと。ただ、1週間でもいいから長く休みたいとお願いしてから、今回3クール目に入ったんです」

── そのように苦しい治療のなかで、情報発信を続ける理由はなんでしょうか?

「僕が一番したいことっていうのは、僕のTwitterやYouTubeを見て、数秒だけでも『自分も頑張ろう』とか『元気になったな』って思えてもらえたら、一番うれしい。その数秒だけでいいんです。

 もちろん、SNSで発信することによって『がんになったらこういう治療があるよ』『抗がん剤治療というのはこんなにしんどいよ』とか知ってもらうのもいいことでしょう。けれど、僕はそんな大げさなものというよりは、僕が発信したSNSの画面をみんなが見て、『私も頑張ろう、俺も頑張ろう』って2〜3秒思ってもらえるだけでいいんですよ。

 あとはもう、顔洗って急いで仕事に行く用意をして、玄関を出た時には忘れてしまっていていい。そんなに大きなことを期待しているわけではないです。でも、見た人がちょっとだけでも元気になったと言ってもらえたら、もうそこが一番うれしいですね」

── そういう「短期間でも人に元気を与えたい」という思いは、常に思っていたことなのでしょうか? それとも闘病生活のなかで得た心境の変化なのでしょうか?

「そこはやっぱり、家庭環境が大きいと思うんですよね。うちは男3兄弟。長男の有はもう、若い時から野球で注目されて、高校1年に東北高校に行くので15歳〜16歳の時には家にいなかった。次男もあまり家にいなかったなかで、その家族の輪を、いつか絶対に自分の力で戻そう戻そうと思っているんです。

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