【MLB】すれ違いの6年。
理解されることのなかった松坂大輔の「美意識」

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • ロイター/アフロ●写真 photo by REUTERS/AFLO

 それは松坂のメジャー2年目、2008年のある出来事だ。

 この年の松坂はコントロールに苦しみながらも力でメジャーのバッターをねじ伏せ、順調に勝ち星を重ねていた。開幕からなんと、無傷の8連勝をマーク。辛口の地元記者からも「エースの自覚」について訊ねられるほど、レッドソックスの中で存在感を増していた時期だった。

 2008年5月27日、シアトル。

 松坂はこのシーズン、初めてマリナーズを相手に先発した。注目を集めるイチローとの対決である。その第1打席、松坂はイチローにストレートを叩かれ、三塁線を抜かれる。第2打席でもカットボールをジャストミートされ、センター前へ弾き返された。2打数2安打。そして3度目の勝負、というところで、イチローを目の前にして松坂は突如、体の変調を訴えて降板してしまった。5回、オンデッキでイチローがいつもの準備をしている。松坂はマウンドに上がって、イニング前の投球練習を行なっていた。ところが3球投げたところで松坂は首を横に振り、ベンチに何らかの変調を訴えたのだ。この時、松坂は右肩の違和感を訴え、自ら交代を申し出た。

 しかし、真相は違っていた。

 この時、違和感を覚えていたのは右肩ではなく、腰だった。しかもその違和感は深刻なものではなく、この状態で投げることで肩やヒジに悪影響を及ぼさないよう、自分自身で大事を取っての降板志願だったのだ。

 では、なぜ腰ではなく肩だと言ってしまったのか――松坂が腰に違和感を覚えたのは、この日のあるプレイが原因となっていた。

 3回裏、ヒットのイチローが盗塁を決めたワンアウト2塁。松坂はバッターのホセ・ビドロにファーストゴロを打たせた。この日、レッドソックスのファーストにはショーン・ケーシーが入っていた。当時33歳、メジャー12年目のケーシーは実績あるベテランだった。この5月、マイナーから上がってきたばかりのケーシーは、ビドロの打ったゴロをさばき、ベースカバーの松坂に投げた。ところがこのボールが逸れてしまい、松坂は真横にジャンプする形でこのボールをかろうじてキャッチする。ところが松坂は、そのまま勢いあまって腰から落下してしまった。

 その衝撃で腰に違和感を覚えた松坂だったが、たいしたことはないと自分で判断し、そのまま続投した。しかし、4回裏に松坂と対戦した城島健司が、イチローに「アイツ、ちょっとおかしくないですか」と話しかけていたほど、ボールの違いは明らかだった。そして5回を迎えたところで、松坂は自ら交代を申し出たというわけだ。

 この時、松坂は思わず「肩が......」と言ってしまった。本当は腰なのに、肩、と言ったのには、ふたつの理由があった。

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