リアル「下剋上球児」イチの問題児が振り返る「とんでもない人」だった高校生活 卒業後ついに恩師と主将に感謝を伝えた (2ページ目)

  • 菊地高弘●文・写真 text & photo by Kikuchi Takahiro

 パソコンを開いて仕事をしていると、店の入口のほうから若い男性があたりを見回しながら向かってきた。間違いなく、伊藤だった。

「お久しぶりです」

 時計を見ると、待ち合わせ時間の15分前。こんなに早く伊藤が現れると思わず、私は狼狽してしまった。伊藤はごく普通の黒髪・短髪で、ティーシャツにチノパンとシンプルかつ落ち着いた装いだった。同期の栗山翔伍たちが思い思いの髪型で自己主張するのとは、あまりに対称的だった。

 今は何をしているのかと尋ねると、伊藤はこう答えた。

「市から委託を受けて、浄化槽の水質検査やゴミ収集をする会社で働いてます」

 髪型に厳しい会社なのかと確認したが、伊藤は首を横に振った。髪を染めたい思いはないのか重ねて聞くと、伊藤は恥ずかしそうにこう答えた。

「やることはほとんどやったので、もうそういう思いはまったくないです。それに子どもには自分みたいになってほしくないので......」

 伊藤は結婚し、小さな愛息もいる。

 かつての自分をどう思うかと尋ねると、伊藤は神妙な顔つきで「とんでもない人」と漏らし、こう続けた。

「小学生の頃から週に1回は学校から電話がかかってきて、そのたびに母が謝っていて......。本当に迷惑をいっぱいかけました」

【ポルトガル語がわからず大学を1年で中退】

 中学時代は愛工大名電、常葉大菊川、折尾愛真と志望校が次々と変わっていったが、ことごとく不合格。最後に流れ着いた白山では、周囲に何もない環境に絶望した。

「白山に行った時は、人生が終わったと思いました」

 もし高校の途中で野球をやめていたら、どうなっていたと思うか。そう尋ねると、伊藤は即答した。

「たぶん捕まっていたと思います。なんらかのことはしとると思います」

 思わず吹き出してしまったが、伊藤の言うように一歩間違えればそんな世界線もあったのだろう。「止めてくれた人たちに感謝ですね」と伝えると、伊藤は深くうなずいた。

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