甲子園出場で「離島旋風」の裏にあった大島高校・捕手の苦悩 「野球がイヤだと思う」ほどのイップスと闘っていた (4ページ目)

  • 菊地高弘●文・写真 text & photo by Kikuchi Takahiro

 そしてもうひとつ、西田の顔色が晴れない事情があった。冬場から慢性的な腰痛に苦しんだのだ。大会後に病院で検査を受けると、腰の疲労骨折と判明した。

 島の仲間たちと甲子園に出場する──。

 西田にとって春のセンバツとは、念願の夢舞台のはずだった。だが、思うようなプレーができず、チームも明秀学園日立(茨城)の前に0対8と大敗。西田に達成感はなかった。

「正直言って、甲子園に行けてよかったという思いはあまりないんです。思いどおりの力が出せなかったし、悔いが残りました。たぶん、みんなそうだったんじゃないですか」

 そんな西田は、夏に向けて劇的な進化を見せる。あれほど悩まされた送球イップスも、ある感覚をつかんだことで憂いなくプレーできるようになっていく。大島高校の選手たちを取り巻く人間ドラマや、夏の快進撃と鹿児島実業との名勝負については拙著『離島熱球スタジアム 鹿児島県立大島高校の奇跡』をご覧いただきたい。逸材左腕・大野を支えたもうひとりの主役である西田の成長物語は、多くの読者の胸に響くはずだ。

 西田は大野とともに過ごした高校3年間をこんな言葉で総括する。

「稼頭央とバッテリーを組んで甲子園に行く目標を達成できたのは人生の自慢ですし、最高の財産です」

 高校卒業後にプロに進む大野とは道が分かれ、西田は岡山県にある強豪・環太平洋大に進学して野球を続けている。

「できれば稼頭央ともう一度バッテリーを組みたい」

 そんな密かな野望を抱きつつ、奄美大島から足を踏み出した。もう右腕を振るのは怖くない。奄美の強肩強打の捕手の新たな挑戦が始まった。

『離島熱球スタジアム』 鹿児島県立大島高校の奇跡

 【タイトル】『離島熱球スタジアム』 鹿児島県立大島高校の奇跡
【著者名】菊地高弘
【発売日】2023年3月3日
【本体定価】1760円(税込)

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プロフィール

  • 菊地高弘

    菊地高弘 (きくち・たかひろ)

    1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。

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