「この場面でこのボールを投げられる?」智弁和歌山相手に大ピンチ 英明の下村健太郎はスローボールで敵打線を翻弄した (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

 センバツで智辯和歌山と対戦するにあたり、下村は相手打線の映像を徹底的に研究した。インコースが苦手に見えた打者に対しては、果敢にクセ球でインコースを突いて対処した。下村は試合後、「思ったとおり詰まってくれました」と胸を張った。

 インコースのストレートで三振を奪うのと、スローボールで打ちとるのはどちらがうれしいか。そう尋ねると、下村は不敵な笑みを浮かべてこう答えた。

「スローボールですね。緩いボールで打たせてとるのが持ち味なので」

 この日、下村は自己最速を更新する129キロを計測している。

 はっきり言って、今の下村から将来プロ野球界を沸かせるようなスケールは感じられない。それでも、エリートが集まる智辯和歌山を手玉にとり、大舞台で結果を残してみせた。それは下村の野球人としての意地のように思えた。

 智辯和歌山が相手だと、より対抗心が刺激されたのではないか。そう聞くと、下村は決然とした顔つきで「強豪と言っても同い年なんで」と答えた。その後「たかが......」と言いかけて、ハッとした表情になり、口をつぐんだ。

「高校が違うだけなんで、勝つ気でいました」

 熱くなりかけて思い留まり、冷静に対処する。まるで突然スローボールを投げつけるような、強弱の利いた受け答えだった。

 三塁側アルプススタンドから流れる智辯和歌山の大応援に対する感想を求められた下村は、「すごく楽しかったです」と答えた後に、こう続けた。

「スリルがあるんで」

 全国の高校球児はこの日の下村の投球を見て、どんな感想を漏らすだろうか。智辯和歌山相手に果敢にスローボールを投げ込む姿は、まさに高校球界屈指の「勝負師」だった。

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プロフィール

  • 菊地高弘

    菊地高弘 (きくち・たかひろ)

    1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。

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