【自転車】TeamUKYOエース・土井雪広が語る「2015年の決意」 (4ページ目)

  • 西村章●構成・文・写真 text & photo by Nishimura Akira

 年が明けた1月中旬、土井は温暖な沖縄へ移動し、若手選手や今年からチームに加入した畑中勇介(※)らとともに合宿トレーニングを行なった。そして。彼らが本州へ戻った後も、土井はひとりで沖縄に居残り、連日の乗り込みで少しずつ距離を伸ばしながら練習を継続した。

※畑中勇介=昨年までシマノレーシングチームに所属し、2010年のジャパンカップ3位をはじめ、UCIアジアツアーのレースで何度も上位入賞を果たしている実力選手。1985年6月21日生まれ。

 1日に走るのは、およそ5時間。距離でいえば、平均130キロほどを連日ひたすら淡々と走り続けて、少しずつ身体を絞り込んでいく。さらに、乗り込んだあとは、ウェイトトレーニングで筋肉に刺激を入れる。

「(グランツールの)ステージ1回分より短いから、たいしたトレーニングではないですよ」

 軽い口調でそう話すのは、この程度の強度も平然とこなせないようでは、レースで勝つことはおろか、この世界で生き残ることもできない――と、自らを律しているからだ。

 1月末を過ぎ、2月上旬になると乗り込む時間を少しずつ伸ばし、1日の走行は6時間ほどになる。本州よりも温暖な沖縄の道路をひとり黙々と走りながら、土井は自らがチームのエースとして走る2015年シーズンへ向け、調整を続けた。

(次回に続く)

プロフィール

  • 片山右京

    片山右京 (かたやま・うきょう)

    1963年5月29日生まれ、神奈川県相模原市出身。1983年にFJ1600シリーズでレースデビューを果たし、1985年には全日本F3にステップアップ。1991年に全日本F3000シリーズチャンピオンとなる。その実績が認められて1992年、ラルースチームから日本人3人目のF1レギュラードライバーとして参戦。1993年にはティレルに移籍し、1994年の開幕戦ブラジルGPで5位に入賞して初ポイントを獲得。F1では1997年まで活動し、その後、ル・マン24時間耐久レースなどに参戦。一方、登山は幼いころから勤しんでおり、F1引退後はライフワークとして活動。キリマンジャロなど世界の名だたる山を登頂している。自転車はロードレースの選手として参加し始め、現在は自身の運営する「TeamUKYO」でチーム監督を務めている。

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